【捕鯨問題】イルカの追い込み漁が出来ないと、日本人は何が困るの?
今朝も素晴らしく良い天気。昨夜は遅くに雷雨があったらしいけど、全然気がつかずに寝てた笑

昨日から突然話題に上がった、イルカの追い込み漁禁止を巡っての日本と世界の水族館問題(こんな呼び方でいいの?)。
除名勧告は先月から通達されていたようだけど、普通はそんなこと知らないし、結局日本国内の水族館&動物園で多数決を取った結果、追い込み漁での捕獲を辞めて世界連盟への残留を選んだ。
とまぁ、サラっと書いてはみたものの、これじゃ理解に欠ける部分がかなりあるよね。
実際のところ、追い込み漁の何が問題で世界から日本は非難されてるのか、逆に追い込み漁を完全に辞めることの何が問題なのかも、よく分からない。
テレビやメディアでもこの辺を感情論抜きにして、正確に伝えていないような気がする。
だから僕がこの問題について感じることも、どうも具体性に乏しいもやもやした?ものになる。情報がないというか、客観性に欠けるというか。

その辺を踏まえて、あくまで素人の感覚で書いちゃうけど。
追い込み漁でイルカをとることだけでなく、そもそもショーや展示目的で動物(主に哺乳類)を捕獲すること自体が、世界的に言えば「辞めるべき」という方向になっている。
アフリカの動物しかり、クジラしかり、とにかくまぁ人間のエゴで野生動物を捕るのはやめましょうよ、と。
まして食ったりするのはヒドイ!と、シーシェパードなんかも含めて海外の動物愛護に敏感な人たちが日本を責めるのも、まぁ理解できる。
で、世界的にそういう流れなんだから、日本だけがそれに逆行して野蛮な国扱いされるのもどうかと思うし、もともとイルカも、クジラも、そんなに頑張って和歌山で捕る必要あるの?と個人的には思うから、辞めちゃえばいいんじゃないかと僕個人としては思うんだけれど、そうではないという意見も多くある。
それらは主に、クジラ漁は日本の古くから伝わる伝統文化であるとか、その文化を大切に守り継承してきた人が和歌山県太地町にいるとか、要するにナショナリズムに関わるものであるとする意見。
あとは、ノルウェーやデンマークやアメリカのアラスカ州でも捕ってるのに何故日本だけが責められるのかとか、同じ哺乳類でも牛や豚は食べるのに何故クジラやイルカはダメなのかとか、そういう理屈の上での反論。
大体このどちらか何じゃないかと思うんだけど、僕にとっては正直「日本だけが漁を続ける理由」としては、随分弱いと思う。

クジラやイルカを捕って食べることに「日本のナショナリズム」や「宗教性」を挙げる人もいるけど、そもそも現代の日本でそれらが日常的に食べられているわけではないし、お正月とクリスマスとハロウィンまでごっちゃにして祝ってる国に宗教性なんてないと思う。
あと今回の件で言えば、太地町での追い込み漁がなければ水族館でイルカを飼う(仕入れる)のが難しくなるということなんだけど、そんなの工夫と改善でどうにかするべきだし、そもそもイルカが必ず水族館いなくてもいいじゃないかと思う。
ここで敢えて言いたい。「イルカっているか?」
お後がよろしいようで。。。

まぁとにかく、日本だけが世界の流れに逆行してイルカやクジラを今までと同じやり方で捕ることの、意義も理由も弱いきがするんだよね。
イルカショーも、クジラ食文化もそこまで日本古来の伝統・様式として深く浸透しているわけじゃないんだから、この際辞めたって僕は全然構わない。
でもそれだと、日本が外国の圧力や理不尽な言いがかりに負けた…って気がして嫌な人がいるんだろうな。
気持ちは分からないでもないけど、それならその外国人達を納得させるくらいの論理的な主張をしないとね。
筋道立てて主張が出来ないと、感情論であーだこーだ言ってもダメですよん。
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