曲の良さと歌の良さについて 関係性をとことん考えてみた。
暑い!
ここの所日中は日差しも強くて、夜もそんなに気温が下がらずに少し寝苦しいくらいだ。夜に扇風機をつけるようになったら、もう完全に夏じゃないか!嫌だ!笑

バラードに限った話ではないのだけど、歌モノの楽曲を作る以上、一番プライオリティが高くなるのはどうしても歌になってしまう。
前もblogで書いたけど…歌って曲の「顔」なんだよね。メロディやコード進行、あるいはリズムが曲を構成しているものの、一番目に付くというか、耳を傾けてしまうのは第一印象でいうと必ず歌になる。
何回も何回も聞いていると、メロディの良さやアレンジの巧みさにも耳が行くようになるんだけど、普通は曲の良し悪しを「歌」のクオリティで判断するもんだと、僕は色んな経験からそう思っている。
ぶっちゃけ、歌の上手い人なら何を歌ってもある程度はいい曲に聞こえる。逆に歌の下手な人がどんな曲を歌っても、その曲が本当はどのくらいのメロディの強さを持っているのか、判断するのは難しい。
ここで困るのは、歌の上手い、下手を判断するのに明確な基準がなくて、それこそ聴く人の感性や価値観でバラバラだということだ。

僕のように、歌手じゃなくて曲を作る人の場合、自分の作った曲を誰がどんな風に歌うのか、というのはものすごく重要な事。
作家によっては、誰が歌うのか分からないのに歌モノを作曲するなんて出来ない、という人もいるだろう。その気持ちはすごくよく分かる。
特定の歌手に限定せずとも、せめて性別と、年齢くらいは決めていないと、なかなか歌モノ曲を作るというのは難しいのだ。
バンドの時は明確だった。僕が作った曲をケンが歌う。これ以外の選択肢はないからこそ、それ沿った曲作りが出来た。
しかし今はどうだろうか。僕の作った曲は誰が歌うのか、決まっている状態で書いているわけではない。
しかし曲には歌が必要なので(歌がない曲は、顔のない人間のようなものだ)、必然的に僕が歌うことになる。
そうなると、まずは歌のキーを僕に合わせる必要があり、さらにテンポやテクニック的に僕が歌える、歌っても無理のない曲メロディである必要がある。
この時点で、かなりの「シバリ」があるわけだけど、曲って実はシバリがあればあるほど書きやすいのも事実だ。全くシバリのない、フリーダムな状態で書くほうが難しい。
ただ、自分が歌うことが前提で作ればそれなりに曲の方向性というか、出来ることが絞られてくるのも事実だ。

歌手でもない自分がどのくらい歌えるのか、その歌がどの程度のクオリティを持っているのか、正確に客観的に自己分析するのは正直かなり難しい。
分析大好きで常に俯瞰でものごとを見てる(?)僕ですら、自分の歌った歌のテイクがどのくらい良いのか、良くないのかをジャッジするのは難しいと毎回思う。
ピッチとかタイミング、グルーヴについては客観的にジャッジ出来るので、それは歌い直したり修正することは出来る。
でも根本的に、これがいい歌なのかどうか、自分以外の他の人にどう思われるのかは、なかなか自分では分からない。
こういう話を、本職のボーカリストとするのはなかなか良い勉強になる。
ボーカリストは基本的に、自分の歌は「良い」と思っている。口に出すか出さないかは別として、上手いかどうかも別として、自分の歌が「好き」でないと、なかなかボーカリストにはなれないだろう。
ギターが「好き」だから毎日それを扱っていても楽しいし、ギタリストになるのと同じだ。単に音楽や歌が好きなだけでなく、「自分の歌」が好きで、肯定できる人がボーカリストになるのだと僕は思う。
例えばカラオケなんかに言って、自分が歌っている時に自分の声や歌を「好きだなぁ!」と心底思えるかどうか。口に出さなくてもいいんだけどね笑

自分が歌うための曲を自分で作るのは、いわゆる「シンガーソングライター」と呼ばれる人たちがやることだ。
例えばケンは、バンドの時に自分で曲も作っていたし、僕や他のメンバーが書いた曲も歌っていた。それはそれで違和感はなかったと思うんだけど、だとすればそれは周りのメンバーがケンの歌に合う曲を意識して書いていたということだ。
もしリンダの曲でちょっとイマイチに感じるものがあるとすれば、それはケンの歌に合わなかったのかもしれないし、特別良い曲だと感じたのだとしたら、それは曲そのものの良さ以上に、ケンの歌に合っていたということだと、個人的には思う。
だって俺が「シンメトリー」とか「恋をしなけりゃ」とか歌っても、そんなに良い曲には聞こえないと思うよ、多分。笑
ケンは今まさしく、「シンガーソングライター」としても活動しているわけだけど、やっぱり自分の声や歌に合った曲を書いていると思う。
僕も同じように、いや彼以上に曲数は書いているけれども笑、それらは誰が歌うのかをきっちり明確にしていない。現状は僕が歌っている。じゃあ、僕もシンガーソングライターってこと??

まぁ理想を言えば、自分で歌っても、誰が歌っても良い曲に聞こえるような歌を書くことだ。
メロディと歌詞の合わせ技でもって、プロのボーカリストが歌ってももちろん良い曲だし、そうでない普通の人がカラオケで歌ってもやっぱり良い曲。これが本当に良い曲なんだろうし、実際にそういう曲はある(数は極めて少ないけど)。
でも普通は、特定の歌い手が歌ってこそその曲の良さが最大限に引き出される、というのが通常なんだよなぁ。
曲を生かすも殺すもボーカリスト次第ならば、逆に言うとボーカリストが上手く聞こえるかどうかも曲次第なのだ。
この辺はホントに、無限の組み合わせがあると思う。音楽の難しさ、深さがよく分かるたとえ話だ。

僕は今までに、ケンが歌うことで成立したバラード曲を何曲か書いたけれども、今度はそうでないタイプのバラード曲を書かなくてはならない。
いや、書かなくてはならないって訳じゃないんだけど笑、ケンじゃない人、例えば僕なんかが自分で歌っても「良い曲」と感じられるバラード曲を書けるようになったらいいな、という願望はある。
悩ましいのは、そういう良い曲を書けるようになるのが先か、どんな曲でも良く聞こえるように歌が上手くなるのが先か、ということだ。
ぶっちゃけ後者の方が可能性がある気がして…笑。そのぐらい、曲なんて歌次第と自分で思っているってことなんだろうね。
あとは、ケンのように自分のために自分で作った曲を誰かに聴かせるためには、ある程度自分の歌をブラッシュアップすることは避けて通れないと思うし。
そういう意味でも、今までのように自分が作った曲をケンに「歌ってよ」と頼むことは安易にしたくないし、僕は作る人で彼は歌う人、というだけの関係ではもうないと思う。
彼がシンガーソングライターとして頑張っているように、僕も同じことを頑張らないといけない。
そういう例は音楽の世界には沢山ある。決して珍しいことではなくて、多分長いこと音楽をやっている内に通る道なんだろうな。

今月も今日から後半戦。頑張ります。

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