川崎、名古屋、佐世保…少年法について今考えておきたいこと。
勢いで前回のblogを書いてしまったけれど、信じられないことにまだ犯人が逮捕されていない。川崎の中学生殺人事件の話である。
大方の予想通り、被害者のいたグループの少年1人に対して事情聴取をしているようだが、グループの残りも含めて今日辺りがXデーになるのか??早く捕まえて欲しいよ本当に。

少年法の改正、あるいは廃止については、かなり強い反対意見があるのも事実だ。
弁護士や、法律に詳しい人ほどその傾向があって、今の少年法がいかに未成年の犯罪抑止になっているか、これを変えたりなくしたりすると今より少年犯罪が増えて、更正の見込みがある未熟な少年少女の未来を奪ってしまうことになる、という。
僕自身、これについてはちょっと感情的になっている部分もあるので、改めて少年法の意義と解釈、そして実社会においてどのぐらい犯罪抑止に繋がっているのか、時間がある時にもっと勉強したいのだけれど、今のところ納得できるような「少年法を守るべき」意見は見つからない。

多分、考え方が普通とはちょっと違うのだろうか。
別に、18歳未満で犯罪を犯したらみんな刑務所に入れろ、と言っているわけではない。
成人した大人と同じように扱って、捜査や裁判が行われればいいと思うのだ。
そこで更正の見込みやら、情状酌量の余地を判断すればいい。責任能力の有無についても。
何度も言うけど、18歳以上、未満で責任能力の有無を判断するのは全くナンセンスだ。
年齢で線引きするのは確かに難しいけど、僕の感覚からすると、小学校高学年くらいで十分ものごとについての判断能力はあると思うし、逆にいくつになってもそれがない大人も山ほどいる。
だから年齢でまず区分けするのではなくて、それぞれ個別のケースとして判断すればいいと思うんだけど、どうだろうか。
うっかり魔が差したり、そのつもりはなく人を傷つけてしまうことはあると思う。そのことを深く反省し、更正して罪を償おうとする人もいるだろう。
そういうのは全部、年齢ではなく個別の事例、「人それぞれ」のケースとして社会はジャッジするべきだと思うんだよね。

まぁでも、うっかり魔が差して「殺人」をするケースなんて、極めて稀だと思う。
「傷害致死」と「殺人」は法律的にも全くレベルの異なる犯罪だけど、そのつもりはなく人を殺してしまった、なんてことはそうそうあると思えない。
少なくとも、ここ最近に起っている未成年による殺人事件は、明確な動機をもって犯行に及んでるし、それについて反省したり、更正したりする可能性は極めて低いと思う。
名古屋の女子大生も、佐世保の女子高生も。そして今回の川崎の犯人グループもやり口の卑劣さはそれ以上だ。
マスコミが取り上げるような大きな事件は知っていても、実は毎年こういう事件は沢山起こっている。

最近の主な少年・少女の犯罪

この中の一体いくつのケースが、公平に罪を裁かれているだろうか。
なんとも言えない気持ちだ。
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