努力は必ず報われる?賢く生きるための上手な時間の使い方
唐突だけど、僕が勉強やスポーツ(運動)、楽器演奏が好きなのは、努力した分が必ず結果として現れるからだ。どの程度努力すれば、どの程度の結果が得られるかは個人の特性によるけれども、努力した分向上するのは間違いない。どんなに勉強が苦手でも同じことをひたすら何十時間、何百時間とやり続ければテストの点数は上がるし、どんなに運動オンチでもキャッチボールを1000時間続ければボールを投げるのが必ず上手くなる。(キャッチボールを始める前よりヘタになった、ということは99.9%ない)

この場合、「努力する」とは自分の時間的リソースを費やす、という事に他ならない。そう、一日は常に24時間。誰もが平等に持っているのはお金でもチャンスでもなく、この「時間」という資源だ。深刻な病気にならない限り、この平等に与えられた時間というリソースをどこにどれだけ使うか、それで人生が決まってくる。普通は一番自分がやりたいこと、あるいは得意としている事にこの時間リソースを費やす=努力するというのが結果を生みやすいが、ご存知の通り多くの人にとってそれは簡単な事ではない。僕にとっても。

努力した分結果がついてくるなら、それを一生懸命頑張ればいいじゃないか、というのは正論であり、理想論的でもある。まず何に努力すれば良いのか分からない、あるいは決めきれない。さらに言うと、そもそも努力したくない(面倒くさい、しんどい)人も多いだろう。もちろん僕にもそういう面がある。けれども、「努力したって意味ない」とは思わない。努力した分、必ず成果に繋がるジャンルは、ある。だから、そこになるべく時間を掛けるようにしている。

一方で、僕が恋愛嫌いなのは努力した分だけ成果に繋がるとは限らないからだ。さっきも言ったように、テスト勉強やキャッチボールやピアノ練習は、必ずやった分だけ向上に繋がる。いくら努力しても全く向上しない、ということは「絶対に」ない。※くどいけど、ここを強調するのは、勉強や運動や楽器演奏は生まれつきのセンスだと思っている人があまりに多いからだ。それは全く間違っている。)

だけれど、例えば恋愛の場合は、好きな人のことを1万時間想いつづけても、その恋が叶う可能性は全く向上しない。恋が叶うどころか、ほんの僅かでも自分の事を好きになってくれるということさえないかもしれない。想い続けるだけじゃダメだ!行動しないと!という事で1万時間好きな人の傍に張り付こうもんなら、それこそストーカーでタイーホされてしまう。うぅ、自分で書いてて震えてくるくらい恐ろしいな恋愛って(笑)。

要するに、時間的リソースを費やすことと、成果の向上に相関性が全く無いのが「恋愛」だ。相手を振り向かせるための努力、というのはあるような気もするが、それは時間リソースの量というよりもテクニックとか、タイミングの要素の方が圧倒的に重要だ。そもそも、ダイエットして健康的な体型になるとか、ファッションや髪型やメイクで外見を磨くとかは、不特定多数に「モテる」為の努力であって、それは意味があるしやる価値があると思うけれど、意中の人との恋愛を成立させる相関性はないような気がする。だから恋愛は難しいんだろうね。

朝から一体何を書いているんだろう俺は!(笑)。

♪夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない by槇原敬之「約束の場所」

まさにこの歌詞の通りである。僕なら「夢」を「成果」とか「結果」に変えたくなるけど、それじゃ歌詞としてゴロが悪いね。今日という時間も、決して君を裏切らない。だから今日も一日、一緒に頑張ろう。
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