曲を創るということ
昨日のblogは今読んでみるともはや日記でもつぶやきでもなくタダの愚痴だなぁ笑。今までならこんなの絶対アップしなかったけど、今はblogを書くことを習慣にしたいからこんなんでも書く。



楽器の練習って、スポーツや競技の練習と同じように反復的な時間の積み重ねこそがとっても大事だと個人的には思っているんだけど、作曲・作詞の練習ってのもあるんだろうか。つまり、曲作ったり歌詞書いたりというのも毎日コツコツと練習すれば上達するのか、というお話。

楽器の上手い、下手は確かにある。しかもほぼ誰にでもはっきりと差が分かる。一方で作曲や作詞の上手い下手というのは、厳密に言えばあるんだけれど楽器ほど明確な差やレベルの違いってのは分からないかもしれない。そもそも曲そのものにレベルの高低はあるのか?というのも疑問だ。良いか悪いかってのは価値観による所も大きいからねぇ。誰かにとっての神曲(どうでもいいけど神曲って言葉は誰が言い出したのかね?)は、別の誰かにとってなんてことのない駄曲ってのもよくある話だ。

こういう所から、僕は作曲や作詞ってのは練習するもんじゃない、やる必要がある時にやればいいと思ってたんだけど、そうすると職業作家でもない限りその機会は限りなく少ない。99.9%の人にとって、作詞や作曲を「する必要がある」時なんてほぼ訪れないはずだから。もちろん今の僕だってそうだ。だからその時間楽器の練習したり、歌の練習したり、仕事があればMixしたりしてるけれども(そういえばMixてのも練習で上手くなるんだよね、これが)、作曲や作詞を全然してないとナマる=下手になるのかなぁとひそかに怯えてもいる。

おそらく、作曲や作詞に関してはどんなに練習をしても「良いものを産み出せる」とは限らないけど、一曲仕上げるまでスピードが速くなるとか、人から求められているものを上手くカタチに出来る、っていう技術が向上するんだろうな。実際、作曲家の人たちのこの技術はすごいと思うし。スピードが速いってことと、求められているものに答えられるってのはプロの必須条件だ。これを自分が出来るようになるにはどうすれば良いか。

まーでも、求められることもほとんどないし、大急ぎで仕上げなきゃいけない事もないからなぁ。こうなるとどんどんやらなくなってしまう。これがモーツァルトみたいな天才だったら、そんなのおかまいなしに神様から次々と曲が降ってくるんだろうけど笑。

次回へ続くかも?
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