歌詞が書けない、は本当に書けないのか? ~歌詞力を磨くコツ~
今日もいい天気の東京。最近は花粉症対策で室内に篭ってばっかりなので、たまには外に出て外の空気をすって太陽を浴びないといけないと思う今日この頃。
しかしそれで花粉が体内に入って一日鼻や目に悩まされるのもなー、と考えている1歩踏み出せずにいる笑。




昔から歌詞を書くのにはとにかく苦労していて、単に時間が掛かるだけでなく、書いているその最中の産みの苦しみ(?)といったらしんどいことこの上ない。
自分の曲を書く、というのはイコール歌詞も自分で書かなくてはいけない、というわけではないのだけれど、なんとなく歌詞は自分で書かないといけない風潮が邦楽J-POP界隈にはあるような気がする。
曲は書かなくても、歌詞だけは自分で、ね。
これはリスナー的な感覚からいっても、ファン目線で考えてもとても納得できる考え方だ。

曲ももちろん大事だけれど、歌詞というのはよりダイレクトに、そのアーティストなりシンガーなりが考えている想いやイメージが伝わりやすい。
歌というのは、音楽における「顔」だ。顔の輪郭がはっきり見えることは、その人のパーソナリティやルックスを判断するのに極めて重要でしょ?歌詞の役割ってのはそれに近い気がする。
こういうと、Jazzのようなインスト音楽や、歌詞で何を言っているかよく分からない外国の楽曲は顔がハッキリしないということか?という話になってしまうけれど、インストや洋楽を好んで聴かない人というのも多数いるわけで、そういう人たちはその辺も理由として大きくあるような気がする。

楽器を弾いたり、作曲をしたりしていると、どうしても音楽の「音楽たる部分」に気を取られすぎてしまって、やれ演奏がどうだとか、メロディがどうのアレンジがどうの、という風になりがちだ。
もちろんそれも音楽を作る極めて重要な要素だけれども、それ以上に、リスナーの事を考えた時に「歌詞」は重要な意味を持つ。
当たり前のことなんだけど、今一度そのことを自分の中でよく考えて、吟味する時期に来ている。

話を戻すと、自分は歌詞を書くのが本当に苦手で、苦しいのだが、それをずっと避けていてはいけない。
苦手なら、克服すればいいだけだ。歌詞書きが曲書きに比べて苦しいのなら、苦しくならないようなやり方を考える。
曲書きだって、苦痛な人には苦痛だろう。アレンジなんてさっぱり出来ない、という人も沢山いる。
だけど、歌詞は書ける。程度やかかる時間に差こそあれ、誰でも書こうと思えば書けるのが「歌詞」だ。
だから僕も「歌詞が書けない、書きたくない」というのを、辞める。
恥ずかしくって、とても他人様には見せられないような代物でも、恐れずに書き続ける。
そうしていけば、きっと曲作りやアレンジと同様に、歌詞を書くことのスキルも必ず上がっていくはずだ。
歌詞も楽器や歌と同様に、練習の積み重ねとスキルの向上にあると思い始めたのだ、最近。

というわけで、ちょっとモチベーションが上がってきたので今日はここまで!
ではまた。
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