ノーベル賞受賞・中村修二さんの異色な経歴
1.5日間ほど完全にblog更新を忘れてましたw 
というか、ちょっと気が緩むと本当にダメね。少しでも真面目に書こうと思ったらやはり30分以上掛かってしまうし、早朝にその時間が取れないとあっというまに昼間になり、昼間はもう今どこそこにいてこんなことしてる的な短いヤツをスマホから更新しようかと思うんだけど、それもTwitterみたいでヤだなぁとか思ってるうちに夜になり、夜になると疲れてヘロヘロになっているという(笑)

真面目にちゃんと書くblogはやっぱり毎日はキツイな。かといって、一言で済ますblogもあんまり自分の身になってると思えない。さー難しいぞこれは。




今年のノーベル物理学賞に日本人から三人が選ばれましたね。本当に素晴らしいことだと思うのですが、中でも中村修二さんの経歴は(ノーベル賞受賞者としては)とても異色だと思います。四国の普通の県立高校から、東大でも京大でもないこれまた普通の徳島大学に進んで、39歳で青色LEDを開発した時は博士号も持ってなかったわけで、失礼ながら科学者・研究者としてはかなりアウトローな所から出てきた人ですよね。

でもって今から10年前には、自らが発明したLEDに関する技術の特許の帰属を巡って当時在籍していた日本の企業と裁判をするわけで、あの時中村さんのことを初めて知って、すごい人がいるなぁと驚いたのを良く覚えています。
発明とかアイディアとか、形のないものの権利や所有権がどこにあるかというのは今でも難しい問題だと思いますが、いろんな意味で日本がそれについて保守的であるのは間違いなく、それに対して堂々と権利を主張し争ったのは中村さんが初めてだったと思いますが、その裁判が和解したことで彼はアメリカへと渡り、そこで研究活動を行うためにアメリカ国籍を取得していたのです。

ノーベル物理学賞・中村修二教授は「日本人」か「アメリカ人」か――ネットで大騒動に

最初にノーベル賞の第一報を聞いたときに、僕も「中村さんは日本人じゃなくてアメリカ人では?」と思ったんですが、実際の所どうなんでしょう?グリーンカードを取得していればアメリカ市民であり、二重国籍を認めない日本の法律上は日本国籍が破棄されるはずです。もちろん、日本で生まれ、日本で育った研究者が日本で開発した技術、であることは間違いないのですが、色々と物議を呼びそうな話題ではあります。

他にもノーベル賞を取るまで研究を続けられたモチベーションは「怒り」だったとか、研究者にとってジャパニーズドリームは存在しないとか、色々発言が出てきているようですが、10年前の争いを思い出せばそれも当然のような気がします。青色LEDの研究、開発は僕達の生活にも密着したとても重要な技術ですので、これを機会に中村さんの発言やスタンスにさらに注目して行きたいと思います。

ではまた。
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