「お金を払う価値がある」文章について
週末である。ハッピーフライデーはついつい夜更かししてしまい、今日はめっちゃ朝寝坊。反省。1時に寝て7時に起きるとかすごい怠惰な生活しているように感じるよ最近。笑




毎日沢山の本を読んでいると、文章というのも一つの商品なのだなとふと感じることがある。文章力っていう言葉があるけど、多くの人は文章とは=才能とか、センスみたいなものだ思っているのではないか。僕自身もそうだ。だけど、現実に本とは文字が書かれた商品であり、もちろん装丁とかデザイン的なことも付加価値ではあるけれども、商品たる本質の部分は文章そのものだ。何が言いたいかというと、文章がお金と引き換えになるだけの価値を持つ、ということ。

そんなの当たり前じゃんと思うかもしれないけど、これが自分的には最近発見した大きな気付きの一つだった。というのも、僕の場合本はほとんど図書館で借りることが多いし、買ったとしてもAmazonで中古のなるべく安いやつだったりするから、読書にお金を払ってるという感覚がほとんどなくて。同じように、こうしてWebに書いているblogやらホームページやらSNSやらの文章も、もちろん全てタダだ。書いてる側も読んでる側もそれが当たり前だと思ってるから、文章はお金になる、と言われてもあまりピンとこない人も多いのではないか。

しかし一方で、文章を書くことでお金を得ている人も確かにいる。作家さんやライターさん、記者の人とかがそうだし、インターネット上にも有料メルマガを書いてる人とか、アフェリエイトをやっている人とかがそれに当たるだろう。あと文章とはちょっと違うかもしれなけど作詞家だって広義には含まれる。自分の書いたものが「商品」となり、それにお金を払って読みたいという人がいれば、ビジネスとして成立する。当たり前のようで、これはかなり驚きの新事実だ。え、俺だけ?笑

ということともあって、お金を出す価値のある文章、というのものがどんなものか、最近いろいろと考えている。僕はこうして毎日blogを書いてももちろん一銭もお金は発生してないし、本を書いて出版したこともないし、作詞家として印税も得ていない笑。つまり、文章を書いてお金を稼いだことは(ほぼ)一度もないわけだ。それは僕の書く文章に「お金を払う価値がない」からだろうか?内容的に、あるいは文章力的に。逆に言うと、世の中にはものすごい数の本が出版されているけれども、それらはどれもお金を払う価値のある文章なのだろうか?そうとは思えないんだけどなぁ(毒)。ちょっと深い話になってきそうなので、また機会があれば書きたいと思う。

ではまた。
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