3ヶ月で細マッチョになってみた 食事とかトレーニングとか
3月最後の日。年度末って感じがひしひしとする土曜日、みなさんいかがお過ごしでしょうか。





一昨日あたりから早くも今年を振り返るブログみたいになってますが、今日もそんなネタを一つ。
まずは僕が今年の元旦に書いたこのblogを読んで頂きたいのですが、今年の目標のその①に「数ヶ月でムキムキの身体になる。なったら写メアップする。」と書いていますね。えぇ、書きましたとも。

で、やるからには有限実行でジムに通って毎日マシーンやってベンチ上げて、ボクシングやらムエタイやらもやってヒーヒーいってたんですけれども、ぶっちゃけこんだけやれば3ヶ月くらいですぐムキムキになれるだろうと、甘い見通しでいました。正直な話。

ですが、2月の終わりくらいから薄々気付き始めたのは「多少スリムにはなったが、筋肉はなかなか付かない…」という現実でした。朝晩プロテインを飲んでいても、もともとの絶対的な食事量が足りてない自分は「筋肉になるべき肉がない」状態だったんです。ムキムキになるには根本的に体重が足りない。

なもんで、今月もとにかく頑張ったのですが結果は…。はい、ごたくはいいから早く写真アップしろ(゚Д゚)ゴルァ!て感じですよね。とても恥ずかしいですが、一応3ヶ月目の報告と言うことでアップさせていただきやす。今日の午前中にジム行って、帰ってきて正午頃に自画撮りした写真です。







ほいキタどーん!







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自宅でセルフタイマーで撮ったのですが、そのままだとあまりにこっぱずかしいのでモノクロに加工しました。コントラストも若干強めにしてるかな(笑)。






いやーしかしね、これって今流行の「細マッチョ」て部類に入るんだろうか??自分的には「マッチョ」の部分が全然ないので、ただ痩せてるだけにしか見えねーんだけど。僕が目指してたのあくまでこっち↓なんですよね。
↓↓↓↓
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でも川島って、公式プロフィールによると185cm、80kgもあるんですよね。多分僕とは一回り以上サイズが違うでしょう。僕は現在173cm、59kgです。トレーニングを始める前と比べても、ほとんど変化ありません。(ほんのちょっとだけ痩せたかも)。

鶏肉を中心に、高たんぱく低カロリーの食事をずっと続けていて、加えてプロテインも一日2回飲んでいます。多分効率よく筋肉をつけるにはなかなか良い食事方法だと思うんだけど、その一方で牛肉や豚肉をほとんど食べないし、最近は炭水化物もあまり取らない食生活になってました(パン、ご飯、麺類をあまり食べてない)。体脂肪が減ってどんどん筋肉に変わっていくんだけど、筋肉の量が増えなかったのが残念。





トレーニングもこの筋肉量だと限界があって、例えばベンチプレスなんですけど、どんなに頑張っても70kg以上が持ち上がらないんですよね。70kgでもそーとーキツイんですが、75kgに挑戦するともう明らかに筋肉の線が切れそうになるんですよ。激痛が走るっていうか。どんだけマゾなトレーニングしてるんだよって話ですね(笑)

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なので、肩周りから初めて胸筋、背筋、上腕、腹筋、太もも、ハムストリングスと順番に毎日決まったメニューを延々繰り返してたら、自然とこういう体型になりました。全然満足はしておりません。だってさ、これってはっきり言って脱がないと筋肉あるんだかないんだか全然わからないじゃん!(笑)

だからね、細マッチョがモテるとか女子は細マッチョが好きとか、僕は全然信じてません。あくまでそれは「彼氏が細マッチョだったら嬉しい」という話であって、見ず知らずのその辺の男(←俺)が細マッチョだろうがただのガリガリ君だろうが分かりっこないもの。現に自分もこの3ヶ月間、ちょっとでも誰かにモテそうな気配すらなかったしな!

はい。そういうわけでして、やっぱり男は川島目指さないとな。うん。

次は6月末くらいにまた写メを。。。笑
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Nの悲劇
珍しく続けて更新します。昨日のblogを受け継ぐカタチで?Aの衝撃ならぬNの悲劇。まぁNってのはnisaのNなんですけどね(笑)。






今年に入ってからTwitterを始めたり、去年から通っているジムにも必死で通いつつ、中国語とフランス語と平行して勉強して、それとは別に2月はバンドのHP作りをやったりしてました。なんかまぁ色々といままではあまりやらなかった事に時間をさいて取り組んでた1月~3月だったのですが、今までやらなかった事に打ち込めば、当然今までやってたことがおろそかになる。

というわけで、丁度今日は年度末なんでそういう話になるんですけど、去年の後半から明らかに本業の仕事の方が傾いてきてまして(笑)、かろうじて続けてはいるものの、それ以前と比べるとかなりマズい感じになってました。ま、今年に入ってからそうなったというよりは去年からだったので薄々感づいてはいたのですが、ちょっと赤がヤバい感じになってまして。

で、このままだと一つビジネスを潰しかねない、と考え直した結果、3月の始めにバンドのHP作業を終えてからはTwitterも放置してお仕事しまくってました。いわゆる、去年までやってた本業です。音楽制作やミックス、スタジオ経営やコンサルティングなどですね。

今月やった仕事がどのような結果になるのかは、すぐに利益になるわけではないのでもう何ヶ月か後にならないと分かりませんが、久々一年ぶりぐらいにかなりの量を受注して頑張りました。まー一年前と同じ水準くらいになればいいけど、なかなかこの世界もトレンドの移り変わりが速いので、そう単純にはいかないと思いますが。





去年の震災があって以降、僕は音楽に対するモチベーションを完全に見失っていた一時期があって、3/11からしばらくはほとんど仕事も出来なかったし、どうしてもやらなければいけないもの以外を受けなかった。結果、ビジネスが傾くくらい売上が減るだろう事も覚悟していたのですが、改めて帳簿を見ると意外と3月~8月くらいまではそんなに落ちてなくて、本格的にヤバくなったのは9月以降なんですよね。

数字というのはとても正直で、自分としては震災以降だと思っていた下降ポイントが、実は8月の終わりからだった。それは何のタイミングかというと、ギリシャやユーロ全体の危機が顕在化してきたタイミングとピッタリ重なります。振り返って去年9月のblogを見てもやっぱりそう書いてました。海外市場がヤバイ、と(笑)。

要するに、去年の9月以降ヨーロッパ全体、そしてアメリカにも信用不安に対する市場懸念や、この先どうなるの的な先行きの見えなさが濃くなっていたわけです。よく「景気が悪いor良い」て言われますけど、景気って結局気分的なもので、実質を伴うわけじゃない。何となくみんなが不安になると景気も悪くなるし、何となくみんなから不安がなくなると景気が良くなる。そういうもんだと思うんです。

実際の所ヨーロッパの国々が、特にイタリアやスペイン、そしてフランスとドイツがどういう経済状態にあるのか僕は良く知りませんが、9月以降あの辺の人たちが急速に「不安」になって、必要最低限のもの以外にお金を出すのを止めようとする雰囲気がありました。そうなると、僕のところにくる音楽の仕事も間違いなく少なくなりました。

この辺はすごく体感的なもので説明しづらいけど、音楽業界にも「受注の総量」みたいなのがざっくりあって、それがその時のトレンドによって減ったり増えたりするんですよ。例えほとんど仕事の途切れることのない超売れっ子みたいな人がいても、一本当たりのギャラというか予算は確実に昔と変化してます。大きなトレンドとして、少しずつ減り続けてるのは間違いない。

僕なんかはもっとニッチな所で、だけど海外中心にビジネスしてるから、日本の音楽業界が今どうなのか、というのはそんなに影響がないんだけれど、さすがにヨーロッパ全体がダメでアメリカもダメとなると割とお手上げになってしまうんですね。中国や新興国はやっぱりまだ音楽で身を立てられるほど市場が大きくないのもあります。






もう一つ今年掲げた目標に「自分の曲を作る」というのがあります。去年も沢山の曲をアレンジしたり、レコーディングしたりミックスしたりしましたが、やっぱり自分で作詞作曲して作る自分の曲って、そういったお仕事で作るのとは全然違うんですよね。これはもう何度もblogで言ってるから言わないけど(笑)。

特に作詞…これは仕事でやったことは一度もないので(補作詞くらいならあるが)、詞を書くというのはイコール自分の曲を作ることになるんですが、これがもうとにかく時間も労力もかかる。やってもやっても、未だに上手くいかない。片手間に出来るもんじゃないから、集中してやりだすとそれだけで何日も掛かって、感情の激しいアップダウンと共に心身がくたくたになる。

音楽制作の中で、僕は作詞が一番パワーを使うと思っています。そう言えば井上陽水さんも「曲作りは、作詞が9割、作曲が1割」なる名言を確か言ってました。ま、そういう風に思ってる人は少なからずいると思います(ちなみに陽水さん大好きです)。そんなに大変なら他の得意な人に任せれば、て事なんでしょうけど、作詞を誰かに任せたらそれはやっぱり「自分の曲」にならないんですよね。僕の場合。

なんで、この作詞という作業も一月からやり始めてるわけですが、おかげで仕事疎かになってヤバかったのでちょっと脇に置いて、仕事ばっかりしてたのが3月。もちろんまた詞は書きますが、それをどう仕事と両立させていくかがもっぱらの課題です。さーどうしようかな。。。

自分自身、感情の激しいアップダウンや、経営や利益の数字の波に揉まれている中で、何をどうすればもっと上手くいくのか分からなくなるときがあります。我ながら情けないなと思うけど、年頭に「今年は自分の曲を作る!それで収入ゼロになっても構わない!」とか佑君にタンカ切っておきながら、いざそういう事態になるとやっぱり怖いんですよ、「ビジネスを潰すこと」が。

今自分がやってる仕事、自分が立ち上げて育ててきたビジネスをなくすかもしれないって、やっぱり不安なんでしょうね、僕も。「こんな仕事いつ辞めたっていい」と口では言えますが、実際にはビジネスがある以上、辞められません。音楽も同じで、もう音楽を続けたいという風に思っているかも分からないまま、10年以上今まで続けてきました。そこには何があったんだろうね。






去年の9月から続いている不調の波が、この3月を契機に上向いていくといいな。でもって「Nの悲劇」なんてのが数ヶ月後には笑い話なってるといいのですが(笑)。いやまじでやばかったんで。

で、肝心の両立というのもちゃんと考えていきたいと思います。要はさ、悩まずさくさく曲が作れて、でもって空いた時間で本業の仕事すればオッケー♪てへぺろ、的な感じでやれればいいんだよな。うん、頑張ろう。
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Aの衝撃
久しぶりにblogを更新します。毎日毎日書かないとな~と思いながらも全然ペンが(この場合キーボードですが…)進まない。そういう時ってありますよね。





今の仕事をしていると、頻繁にというわけではないけれども年に何回か、信じられないくらいビッグネームの人と知り合ってご一緒する機会があります。こういうのって本当に不思議なもので、自分が子供の時に聴いて、憧れていたような音楽関係の人と「突然」会ったりする機会があるんですよね。もちろん街角でばったり会うわけじゃなくて、仕事で会うんですけど。

今の僕の立場上、アーティストご本人ではなくて(本人の場合もたま~にありますが)、そのプロデューサーさんとか、一緒にやられてるエンジニアさんが多いのですが、僕的にはご本人と会うよりも「あの曲/アルバムを作った人だ!」ていう感覚がやっぱりあるので、緊張もするし、ホント身に余る光栄って感じです。だって全然自分自身はそこに追いついていると思えないから。

作曲家の人やアレンジャーの人ってのはその最たるもので、表舞台には出てこないかもしれないけど、「その曲を作った張本人」なわけじゃないですか。街ですれ違ってもそれこそ分からないけど(笑)、この人が○○の曲を作ったのか~と思うと、なんかもの凄いオーラを感じるというか、ただ雰囲気や存在感がすごいだけじゃなくて、実際にお話してみて、初めてその凄さが分かるわけです。





先日お会いした作曲家・アレンジャーの人も凄かった。名前を仮にAさんとしておきましょう。Aさんのスタジオに行って、まぁ遊びみたいな感じでちょこちょこ作業したり、音楽制作について色々と話をしてきたんですが、やっぱり知識と技術を併せ持ってる人は音楽つくりに対する考え方というか、切り込み方が独特で深いんですよね。そのAさんの音楽に対する情熱、姿勢みたいなのは僕には全然ないものでした。

知識、技術、経験、センスetc...どんなジャンルでも割と一緒くたになって「キャリアがある」みたいな感じに思われるけど、それらは全然別物なんですよね。例えば僕なんかだと、「知識」はやたらとある。古いものから新しいものまで。でもそれって音楽の仕事をやる上では単なる「情報屋」にすぎないわけで、技術のある人、センスのある人には全然かなわないなぁと思うことがしばしばあります。

特に「センス」なんて、あまりに抽象的すぎてなんだか説明も出来ないけれど、それでも音楽って聴いた瞬間に「これはセンスあるなぁ」とか「センスないなぁ」て判断できるし、判断されちゃうもの。肝心の「センス」が何か分からないけれど、「センスの有無」は分かる。これって未だにすごく不思議で、たまにAさんのような本当に「センスのある人」に出会うと、自分はセンスが無いな~と痛感します。

まぁ全部を持ち合わせてたらそれこそ「天才」なのかもしれません。そういう天才肌の人が諦めずに長い間音楽を作り続けて「経験」も蓄積していったら、それこそ最高の「キャリア」になりますよね。人数は多くないけど、そういう人は確実に何人かいます。そういう人とたまーに出会う機会が僕にもあるわけです(笑)。何年か前には考えられなかったな。





何年か前のバンドやってた頃は、そういう人と出会うことも、そもそもそういう人がいるって事もほとんど考えた事がなかった。自分が最高だろって思ってた節もあったし。それは若かったからかもしれないけど、そもそも出来上がったCDや曲だけ聴いててもそういう人の存在ってそんなに意識できないんですよね。実際に会って、話して、手の内が見えてくると「すげぇ!」て実感する。

そういう凄い人に出会うことで「いつかは自分も」と発奮するタイプと、「それに比べて自分は…」と意気消沈してしまうタイプと、両方あるかと思いますが、自分はどっちなんだろうなー。少なくとも「前者です」と断言出来る強さは持っていない。どちらかといえば後者の心境になるんだけど、意気消沈しながらも家に帰ってからまたウジウジやり始めるタイプじゃないでしょうか(笑)。

音楽もそうだし、全てのアートやクリエイティブって「正解」がない。答えがないものを延々自分で考えて作り出さなきゃいけないから、継続してやり続けるのはそれこそ「才能」なんですよ。知識、技術、演奏力なんかよりも遥かにその才能の方が大事。「諦めず、飽きずにやり続ける」事が一番難しいと僕は思います。だってやってもやっても答えがないんだから。

Aさんは多分そういうのを超越してて、そもそもあんまりそういうことを考えずにバシバシやってるんじゃないだろうか。曲一つ作るにしても、あれはどうだろう、これはどうだろう、って感じでとにかくレスポンスが早い。しかも「どうだろう」って言うのは正解が分からないんじゃなくて、これが自分にとっての正解なんだってものを確実にテーブルに出してくる。

思い切りの良さ、自分に対する自信、技術・経験の裏づけとか、そういうものが全部一緒になって初めて、ああいう音楽制作が出来るんだろうなって思いました。とか言いながらそれが分かった時は内心ものすごい衝撃だったんですけど(笑)。僕が「これはどうだろう?」て誰かに言う時は、大抵自信がないから選択肢を相手に提案してるだけで、決して「正解」を並べてるわけじゃないんですよね。

正解はないんじゃないの?て思うかもしれないけど、それは「絶対的な正解」はないということで、それぞれの人の、それぞれの気持ちのなかには「これが正解じゃないか」というものがきっとある。ただ、それを他人にすばやくバーンとは提示できない。普通は出来ないと思うんですよ。「それは違うだろう~」って言われるのが怖いから。

それでもやらなきゃいけないのが仕事のツラい所で、日々色々な所で色々な人が自分の中で必死にひねり出した物を他人に提案して、それをにべも無く断られたりしてると思うのですが、そんなことでは動じない人、そもそも断わられたと思うことさえなく次のAlternativeを打ち出せる人が、「才能のある人」として認められていくんだと思う。それこそAさんのように。





今書いてて気付いたのは、そういう凄い人にここ数年急に出会えるようになったのは、自分がレベルアップしてるからじゃなくて、どちらかというとそういう人達がこちらに降りてきてくれてるからじゃないかと思うのです。多少は自分のレベルも上がってて欲しいけど、むしろネットのせいで情報や経験というのがどんどん均一化されてきてて、もの凄い人達との接点が以前より増えているのを感じます。

TwitterとかSNSも、芸能人有名人と気軽にネット上のお友達・お知り合いになれますが、それって一昔前じゃ考えられない事ですよね。言ってみればバーチャルだからそのままだと何も変わらないように見えるけど、その繋がりをリアルに変える何かアイディア、接点を持てれば、それこそ本当のお知り合いに誰だってなれる。これは素晴らしいことでもあり、怖いことでもあるけど。

みなさんも経験あるかと思いますが、本当に凄い人って腰がめちゃめちゃ低い。目上、目下関係なくとても丁寧かつ好印象なコミュニケーションを取ろうとする人が多いです。だからそういう人たちがネットというツールを使うと、どこまででも降りてくる。「降りてくる」っていうのはレベルを下げるっていう意味じゃなくて、文字通り誰とでも分け隔てなく接しようとする。

そういう人の周りには自然と人も集まるし、仕事も集まるんだろうなという気はします。これは僕の持論ですが、悪い話は広まりやすいけど、印象に残りにくい。逆に良い話は広まりにくいけど、印象に残りやすい。ネットなんかだと特に、悪い話ほど拡散しやすいですがもうそんなの慣れっこなのでいちいちずっと覚えてたりしません。逆に良い話はなかなか出会えないぶん、長く覚えていたりする。

本当に凄い人はみな人格も素晴らしい人、という僕の仮説が正しいとすると、そういう人はネットによって今まで以上にその凄さが多くの人に伝わって、良い出会いや仕事が増えるのかもしれません。出会いや仕事が増えたことで、僕みたいなしがない「情報屋・知識屋」の人間とも知り合う事になったのかな、と。ま、これはきっと良い出会いだったと信じていますけど(笑)。





というわけで、出会いは色んな事を気付かせてくれるなっ。今日書いたような事を最近つくづく感じているので、今年の僕の目標は「脱・知識屋」なんですが(笑)、なかなかああいう人達の高みまでは遠い道のりです。。。誰かに(良い意味での)衝撃を与えるような音楽人にいつかなりたいな。技術も身につけて、センスを磨いて、ちょっとずつ経験を積み重ねていこう。知識や情報は商売するには便利だけれど、それで人間を磨くことは出来ないよ、きっと。
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一年と一日目の日
3月12日になりました。昨日の日曜日は昨年の東日本大震災からちょうど一年の日。被災地を中心に、東京でも追悼や慰霊のイベントが数多く行われましたが、僕は午前中に仕事の打ち合わせ(たまたま福島県の方と)を軽くやって、あとは家に戻って静かに過ごしていました。




一年前のあの日、どこで何をしていたかというと、ちょうどその日は外に出ず自分のスタジオで作業をする日だったので、何の作業をしていたかはすっかり忘れてしまいましたが、Mixか何かをやっていたと思います。

午後2時46分を過ぎた頃、部屋全体がぐらぐらと揺れ始めて、スタジオに積み上げてる機材が心配だった僕はすぐに作業をやめて、特に高く積み上げていかにも倒れそうだったラックを倒れないように手で押さえてました。しかし、数秒くらいで収まるはずの揺れが収まらない。むしろ段々と強さを増すような感じで、僕が抑えているのとは別の機材群が倒れそうなくらい。

これはヤバイな、と思いながらも、とにかく機材が倒れないように必死で押さえていた記憶があります。この揺れの最中はまだTVもネットも見ておらず、とにかく「早くおさまれー!」とか一人で大声を出してました。多分第一波と、それにつづく第二波もあったせいで、実質揺れが収まるまでには永遠とも思われるくらいの長い時間に感じました。

ようやく揺れが収まって、へなへなと腰を落としそうになるものの、余震があるだろうと思ったので大急ぎで機材をバラして、床の安全な所に並べる作業をしつつ、TVをつけて横目で見ました。どうやら東北で大きな地震があったこと、数分後に5m以上の高さの津波が来る予報が繰り返し流されていましたが、各TV局は大変混乱していて、どの情報が正確で、どの情報が緊急に伝えるべきものなのかを把握しかねているように感じました。

なので、地震の規模や、その後の津波の情報よりも、お台場で火災が発生している事がまず「第一報」として中継で流され、次に東京の九段会館で崩落事故があり怪我人が出ている模様、というのが流されました。この「お台場」→「九段会館」の流れがあの日の在京キー局の報道順番だったのは間違いないと思いますが、今考えると単に「中継が早かった=取り急ぎ流せる絵があった」という感じもします。

あの震災の大きな被害となった「津波」の情報については、約一時間後にNHKが中継した宮城県名取川上空からのヘリ映像を見た時に初めてその事態に気付くことになったというか、あれを見たときにようやく「これは大変なことになった」という実感を覚えたのも事実です。

今考えると、地震発生から数時間は本当に何が起こっているのか、どのぐらいの規模の災害なのか全然把握出来ていなかった。もちろんその後の原発事故については知る由も無く。ただ、既に東京では大規模な通信障害が起きていて、交通網がストップすることで多くの帰宅困難者が出るだろう事はすぐ予測できました。

携帯、固定電話での連絡は無理だと思い、とりあえず自転車で近くの作業場兼事務所に向かったのが確か午後4時半くらい。このとき既に途中にある幹線道路が車や人で大渋滞になってた、という記憶は全然なくて、片道約15分の自転車を必死にこいで事務所に向かった記憶しかありません。渋滞の記憶はどうしても思い出せない。。。

作業場のほうは人も機材も無事で、とりあえず大丈夫そうだったので現場の人に任せて、また自転車で自分の家に帰ってきました。事務所の方は別の人がいるのでとりあえず任せたというか、自分のスタジオは僕しかいないのでもし何かあった時に誰もいないとマズいと思ったんでしょうね。

その後は…とにかくTVをつけながら、Twitterやネットラジオ、まちBBSなんかを平行して見聞きしながら東北の被災地がどんな状況なのかを把握しようと必死になってました。ただ11日の夜の段階では確定的な情報はほとんどなくて、Twitterが一番伝播力と通信ラインの確保の点では優れていたものの、信頼性ではやはり欠ける点は否めず、ヨーロッパ、続いてアメリカが速報で報道を始める11日の夜以降は海外の報道をネットで追いかけていました。




あの日のことは鮮明に覚えている部分もあり、一方で夕食に何を食べたかとか、何か買い物にスーパーやコンビニに出かけたとか、そういう記憶は一切ないんですよね。忘れてしまったのか、何も食べずどこにも出掛けなかったのか、それさえも思い出せません。自分の記憶ってなんていい加減なんだろうと思います。

言うまでもなく、去年の3/11の震災は僕の人生観、考え方を大きく変えました。原発のこととか、その後被災地に行ったこととかも勿論ありますが、あの3/11という日を境に何かが完全に変わってしまったように感じます。だから、365日のうちの一つとしてじゃなく、2011年の3月11日はこの先も決して自分の中から消えることのない日だし、昨日の3/11も単なる区切りや、節目だという風には全く思えません。

復旧・復興にまだまだ程遠いのはみなさんもご存知の通りですし、今もなお行方不明の方が大勢いらっしゃいます。そのことについて、いつになったら僕達は「区切り」や「節目」を迎えることが出来るでしょうか。今はまだ、誰にも分からない。ただ、分からないからといってやらないわけにはいかない。

必ず復旧・復興する日を自分達の手で迎えなくちゃいけないんだと思います。時が過ぎれば節目や、区切りが向こうから来るわけじゃない。「あの震災から○○が経ちました」と、過去形として言えるようになるには、もっとずっと沢山の努力と、時間と、一人一人の気持ちや記憶が必要になると思います。今もこうしてまだ生きていられることに、常に感謝しながら。

こういうことは、本当は昨日書かなきゃいけないことなのかもしません。それでもどうしても僕が昨日書かなかった(書けなかった)のは、こう言うことを3/11にblogに書いてしまうことが「一つの区切り」になってしまうのが嫌だったからです。

なので、誠に勝手ながら今日を「あの日から一年経って、2年目の最初の日」と思って書きました。まだまだ続く日本の復興への長い長い道のりは、たった1年と1日目の所にいるに過ぎません。時間も記憶も、自分達が思っている以上に「風化」しません。だから、機会があるごとに自分の記憶を確かめつつ、少しでもなにか自分に出来ることがないかをまた考えて生きたいと思います。


読んで頂きありがとうございました。
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バンドのホームページ 過去・現在・そしてこれから
週末になりました。3月も早10日ですが春を感じるにはもう少し…な感じの寒さ。
早く暖かい春が来て欲しいもんです。


・バンドのホームページをリニューアルしたい!


昨年末から今年にかけて、2012年はこれをやりたい!という事をいくつかblogで書いたのですが、その中に「ホームページの更新(リニューアル)」というのをすっかり書き忘れていました。というか、ずっとやろうやろうと思って、本格的に重い腰を上げたのが今年に入ってからだったというのが本音ですが(笑)。

僕はバンドやアーティスト、その関係の会社や事務所のweb制作を2000年くらいからやっています。そう考えると、12年間もやってきたこの「Web制作」という作業。これを本業のお仕事にしたことこそありませんが、やり始めた時期は結構早い方かもしれません。大学生になる前くらいからDreamweaverとか触ってました。懐かしいなぁ。

今でこそバンドも、アーティストもホームページを持つのが当たり前です。しかもどのページも結構凝ったデザインだったり、ちゃんとしていますよね。実感として、2004年くらいからメジャー、インディー問わずアーティストサイトの重要性はみんなに意識され始めて、それと共に音楽関係のweb制作の需要も増えていったように感じます。

当時はフルFlashでグリグリ動くような、ショートムービーっぽいトップページやサイトデザインが流行でしたが、次第にSEO的にフルFlashのサイトが不利だと言うことが分かり、またバンドのサイトを見る人の多くが携帯(もちろんガラケー)からアクセスするため、次第にFlashではなくCSS等を用いた簡素なデザインでありつつ、jQueryなどを使って動きを出すサイトが主流になっていきます。

そんなこんなしてるうちに、2007年にはMyspaceが始まり、ほぼ同時期ぐらいにmixiの爆発的な流行もあいまって、あえて本格的なサイトを持たずとも、楽曲の試聴やライブの告知、応援してくれるfanとのコミュニケーションもSNSを通じて取れるようになってきました。僕が初めてバンドのホームページを作った2000年の頃と比べると、今は格段に、天と地ぐらいの差で、アーティストにとってはWebでの発信がしやすい時代だと思います。


・Webは大事、でももっと大事なものもあるんじゃないか。


と同時に、あらゆる方向に対して全方位的にプロモーション、告知、宣伝、コミュニケーションしていかないといけない時代の空気感というか、どのアーティストサイトを訪問しても、Myspace、Mixi、Twitter、Facebookのバナーがずらりと並んでいるような現在の状態は、それはそれでちょっと違和感を感じたりします。

そもそもアーティストやバンドってそういう「色んな所に顔を出して他人に知ってもらう」ということが得意でない人の方が多い気がするのですが、そうも言ってられない時代なのかもしれません。とにかくネット上に自分というキャラクターを出して(顔は出さなくても)、見知らぬ他人に知ってもらわなければ、という感じ。

なので、ネットを使った自分達の発信は格段にやりやすくなったものの、必ずしもそれが「恵まれた時代になった」という風には、僕は思いません。ネットが無かった頃って、本当にカセットやMDの自作デモテープ一つで口コミが広がって、それが集客やバンドのプロモーションに繋がったりしたのですが、そういう話もここ5年くらいほとんど聞かなくなったのは、決してネットの隆盛と無関係ではないと思います。

TwitterもmixiもFacebookも、誰かと繋がってコミュニケーションするのは最適の手段の一つです。ただ、音楽そのものとの親和性という意味ではそれほどでもないし、音楽関係なく何かのプロモーションをするには向いていないんじゃないかと個人的には思います。だから、音源やライブといったコンテンツを広めて、好きになってもらうためには、やっぱり自分のサイトで何をするか、どう伝えるかがまだまだ大事なのかもしれません。


・全部を自分でやらないのが、プロのインディーズアーティストじゃないだろうか。


webサイトを作って、SNSをやって、動画を制作してアップして広めて、と考えると、それら一つ一つを制作する為のハードルは昔よりはるかに低くなっているとはいえ、トータルではアーティスト活動をして沢山の人に知ってもらう為のハードルは、やはり上がっているのでしょう。なんせ、それらを全部ちゃんとやったとしても「目立つ」わけじゃないですからね。

むしろ、そういう時代だからこそ、楽曲そのもので、あるいはライブパフォーマンスそのもので目立つようなバンド、アーティストであればその方が強みなのかもしれません。一番気がかりなのは、音楽活動をするためにやるべきことがあまりにも多くなってしまった結果、そもそもの「音楽制作」に傾けるべき時間や労力、情熱がそがれてしまうのではないかということです。もちろんインディーの活動であるほどその傾向は強まるはずです。

全部を自分でやれるのがインディーの本来の強みなんですが、上記のようなスパイラルにハマるとインディーズの活動は途端に苦しくなります。海外のインディーのアーティストを見ていると、全てを自分の目の届く範疇におきつつ、全てを自分でやったりはしません。日本ではインディーズというといわゆる「手弁当」のイメージが強いですが、本当にちゃんとインディーズでやっていくなら、まずこの「手弁当」をいかに脱するかが重要だと僕は考えています。

いずれにしても、僕自身にとっても自分のサイトをどうするかというのは長年のテーマの一つであるし、明確な答えや自信を持ち合わせているわけではありません。そう考えると、ずっと手探りでやり続けてきたのがこの「ホームページ制作」。もちろん、本業は音楽なのでこれが得意ってわけでもないんです(苦笑)。でも、やらなければいけないと思っています。

というわけで、あと数時間後に久しぶりのホームページリニューアルを行います。このblogを直接ブックマークされてる方は、明日以降にメインサイトの方もチェックしてみてください。写真とか音源とかは色々面白いんじゃないかと思いますよ!

http://www.thelinda.jp

ではまた~。
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僕のつぶやきが突然350RTされた理由を考えてみた
3月になってしまいました。寒さも少しゆるまってくると共に、花粉も到来しつつで…へぇっくしょいぃ!
…みださんいぱばおずごしでしょうか?


・相変わらず毎日Twitterやってますが、今日は大変驚いた事が。


いつも僕がつぶやいてる内容は、午前~正午くらいにその日のニュースや気になったネタなどを紹介する記事風のつぶやきがあって、夜9時前後には自分の考えや思ったことを文字通りつぶやくようにしています。これはある種のペースを守っているというか、自分なりのルールみたいなものです。

で、毎回どっちが力入っているかというと当然夜のつぶやきなんです。自分の思ったこと、考えた事を他の人に読んで頂くわけですから、当たり前ですね。しかも僕の場合はこの夜のつぶやきを何とか「リツイート」してもらったり「お気に入り」に入れてもらえるものにしたいと、読んでくれた方の心に触れる言葉をいつも真剣に考えてます。まぁヤラしいっちゃヤラしい話ですけど(笑)、真剣なのはマジ。

それに対して、朝~お昼のつぶやきはネットから拾ってきた面白い、興味深い、タメになりそうな情報をリンクつけてポッと紹介するだけなんで、全然気楽なんです。そういうネタがなければ、その日はつぶやきません。ネタ探しを頑張るってこともなくて、Twitterやる前からそういうアンテナ張って情報を拾う作業はずっとやってるので、慣れたものです。

今日もいつもの通り、いくつか面白そうな情報を午前中に投下しました。全て音楽に関る事ですが、どれもが「爆笑!」とか「誰も知らない大スクープ!」とかではなくて、まぁちょっと面白いかも?程度の小ネタのつもりでした。ところがどっこい、今日のお昼12時半ごろにつぶやいた以下のネタが大変な事に…


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見ての通り、江崎グリコの「ポッキー」のサイトに、音楽制作をレクチャーしてくれるページがあって、それがやけに本格的でちょっと面白いぞ、というネタです。あとで気付いたんですが、これ後半は「どうしたんだ」の間違いですね。校閲もせずどんだけ適当につぶやいてるかが分かります(笑)

まぁ確かにこのポッキーのサイトは面白くて、音楽制作やってる人ならちょっとクスッとなるサイトです。それ以上でも、以下でもないというのが僕の正直な所だったんですが、つぶやいてから1時間後くらいに、どなたかがこれをポツッとリツイートしてくれました。(つぶやいた直後は反応ゼロ)

すると、そのRT(リツイート)を読んだ別のどなたかがまたRTして、それを読んだ方がまたRT…という感じで、僕の上記のつぶやき(というよりもネタ情報)に「何か」を感じてくれた方が、自分の知り合いにつぶやきを通してまた伝えていったわけです。

最初、僕はこのポッキーつぶやきがRTされている事に全く気付きませんでした。確か3時過ぎくらいに仕事の休憩中、チラッと自分のTLを見たところ「50RT Over」のお知らせが来ているの見て「んんっ?」となったわけです。自分のつぶやきが50人以上にリツイートされるとこのお知らせが来るのですが、もちろんTwitter始めてまだ一ヶ月の僕には始めての体験。しかもその数十分後には「100RT OVER」のお知らせまで…!


・情報がバイラルしていく、その嵐を眺めているような感覚


さすがにこれはびっくりしました。Twitterやっていない人には「50人くらいに口コミされるのは普通じゃないの?」と思うかもしれませんが、Twitterやってる方なら、芸能人でも有名人でもない人のつぶやきが50RTされるのはなかなか大変なことだと分かると思います。フォロワーが数万人いるなら確率的には十分ありえますが、なんと言っても僕はまだ始めたばかりなので、全然そんなのは経験したことないのです。

Twitterで自分のつぶやきがRTされる確率は、統計上約0.7%程度だと言われています。つまり1000回呟いてそのうち7つが誰かにRTされれば平均という事です。もちろん実際には「腹減ったなう」とか「会社で仕事中」とか呟いてもまず99%RTされないので、その閾値はより高めになります。

ちなみに僕が魂込めて考えたく「夜のつぶやき」は、大体10人前後の方に毎回RTして貰っています。たまに「ヒット」が出ると、20RTを超えることがあり、こういうときは思わず僕もガッツポーズです(笑)。いや、かっこ悪い話かもしれませんが、自分の想いが20人の方の心に何か響いたかもしれない、というのはやはり嬉しいものですよ。そもそもTLは常に流れてますから、響く響かない以前に誰も見てない可能性もありますし。

ところが今日のこの「ポッキーつぶやき」、午後から夜にかけてあれよあれよとリツイートされて、その勢いは深夜0時近くになっても衰えず、まもなくつぶやき後12時間を迎える翌日0時時点で353リツイートされています。僕のリプライ欄はこのポッキー関連のRTで埋まってしまい、返信することもままならない状態に。びっくり!

Twitterの公式クライアントでは、RTされた回数は50回までしか表示されず、それ以上RTされた場合の正確な数は別のツールを使わないと把握出来ません。まさか自分がそんなツールを使う時がこんなに早く来ると思ってなかったですが、現在350回以上リツイートされているのは確かです。

また、これをRTしてくれた人のフォロワー数の総計を割り出すツールがあって、要するに自分のつぶやきが何人の人のTLに流れたか(読まれたかどうかは別)を算出出来るのですが、今回353人の方がRTしてくれたことによって、約14万8000人の方のTLに僕のつぶやきが流れた事が分かりました。もちろん、「発言者は@nisa0121」という名前付きで、です。(発言者を省略したRTも含めるとさらに多いはずですが、これは算出出来ません)

さすがにこれは僕も驚きました。どういう内容にせよ、全員が見てるかどうかは分からないにせよ、自分のID付き発言が12時間以内に15万人近い人のPCや、スマホや携帯に発信されたわけです。最初につぶやいたのは僕ですが、ここまでくるともう僕の意思や意図はほとんど関係ありません。まさにバイラル。SNSやTwitterの持つ伝播力の凄さが良く分かりました。

惜しむらくは、これが夜のつぶやきで起こったなら本当に天にも昇る気持ちなんですが…(笑)。でもポッキーやグリコの宣伝には相当なってるはずですよね??しかも「タダ」で。まぁもともとポッキー好きですし、音楽制作サイトとしても面白かったので、今回はグリコのおかげで(?)面白い体験をさせて貰ったな!と。

明日からも通常通りのTwitterだと思いますが、こうやってblog更新のネタが出来ただけでも良かった(笑)。


あ、あとTwitterやってないから良く分かんないし、つまんないよーという方は、是非右上のTwitterアイコンから僕のtwitterページに飛んで、そこをブックマークして読んでみて下さい。Twitterって、登録しなくてもその人のツイートを読むことは出来ますし、むしろそれで十分楽しめますよ。僕も始める前まではずっと何年もそういう使い方してましたし。RTしたりリプライしたりは出来ませんが、それより何よりまず「読んでもらいたいこと」だけを毎日書き続けてますので、是非もう一つのblog感覚でそっちも楽しんで貰えたら嬉しいです。


それでは、また。
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