何も探さない、ただそこにあるだけのラブソング
年明けから一週間が経ちました、土曜日。

なんかとても時間が経った気がするなー。

大晦日が一週間前で、クリスマスイブが2週間前でしょ?

もう2年前ぐらいに感じない??






特になにか大きなことをしているつもりもないのですが、

この一週間で、(自分としては)大きな仕事をいくつかこなし、

またかなり大きな失敗も一つやらかしました。した。

やらかした瞬間はそれこそ、

「あwせdrftgyふじこl俺の人生オワタ\(^o^)/」

ぐらい取り乱しましたが、一晩寝たら意外とケロッと。

取り返しの付かない失敗なんてのは、そうそうないもんです。

やらなかった事、諦めてしまった事の方がよほど大きい。

失敗、ミステイクはその時は確かにデカイが、

本当に、自分が思ってるほどは、深刻ではないから。

目の前が真っ暗でも、少しずつ進むんだよ。

手探りでさ。

やっとそういうことに気付き始めた2012年。






最近感情のアップダウンがとても激しい中で、改めて最近読んだもの。

昔、僕が作詞した「恋をしなけりゃ」という曲の歌詞があるのですが、

この歌詞に書いてある事が、今頃になってめちゃめちゃ効いてます。

一体誰が書いたんだこんなすげー歌詞(笑)

まぁ題目の通りラブソングなんで、そこに独自のメッセージや

僕の中からあふれ出る政治的主張、みたいなのはないんですが、

一方的な恋愛感情(ようは片思い)の、キリキリした痛い部分を

少ない文字数でここまでえぐるってのはなかなか。

読んでて今、ホント「はぁ~」て溜息しか出ません。







最近のJ-POPて、もう歌詞で説明しまくるでしょ。

君とどこへ行って、どんなことをして、どんな気持ちになって、

あんな事こんな事を言ったり、言われたり。

星を見上げて、風に吹かれて、香りに酔って、気持ちは揺れて、
涙を拭って、笑顔で照らして、背中を押して、一歩踏み出して、

そこまで書いてやっと「僕は君が好き」。

そりゃラブソングなんだから、君の事が好きなのは確かだけど。






自分が歌詞を書く時は、とにかく一人称と二人称を出来るだけ

使わない事を意識して書いていた時期があった。

理由は、「I(僕、私、俺)」は作詞する人でもあり、歌い手でもあり、

なにより聴く人のことであると考えていたから。

つまり「You(君、あなた)」は、I以外の全ての人でもあるというわけ。

「僕は君が好き」という歌があった場合、

僕=アーティスト、ボーカルの人。 君=リアル恋人、あるいはファンの人。

それだけだったら全然面白くないでしょ!と考えていた。

だから、「(君が)好き」「(君を)愛してる」は多分使った事ないはず。

あ、「桜麗」で一度だけ使ってたか(ノ∀`)アチャー

いまどきこんな事考えて歌詞書いている人は少ないだろうな。。。






ま、ともかく。

「恋をしなけりゃ」の歌詞が今の自分にとってとても痛切なのは

ラブソングとしての出来はともかく、

「○○しなけりゃ、○○になれる。でも…」っていうリフレインが響くのだ。

これ多分○○の所に何いれてもギュッと締め付けられる気がする。

それはやっぱり、

人生の中でそういう堂々巡りや、逡巡こそが

誰もが抱えている、「普遍的な感情」だからなのかもしれない。

そういうものを書きたいと、あの時死に物狂いで書いていた。

そんな昔の自分が書いた歌詞に、

まさか今の自分がこんなにも心動かされるとは思わなかったよ。

あの時頑張って歌詞書いて、本当に良かったなぁ。
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