Third man running(5)

06年の正月が明けて、世の中が平常を取り戻してきた頃にも、バンドのメンバー、そしてスタッフの誰もケンとは連絡が取れないままだった。
2月には一本だけライブが決まっていたが、そのリハーサルの日程さえ組めない状況の中で少しづつ不安は増していった。一体あいつの身になにが起こったのか、もう一丁前の年齢なのでいちいちプライベートを詮索するつもりはないが、それにしても…とみんながやきもきしていた頃、突然電話は、鳴った。

メンバーだけが呼び出され、4人で見知らぬコーヒーショップに集まる。これだけでも何を言われるかかなりドキドキだったが、待ち合わせ場所に来たケンは何故か丸坊主に近く髪型を刈り上げていた。なんでも一人で沖縄に旅行に行っていたらしい。その場所でケンがメンバーに伝えた事は…




"次のアルバムを作りたい"


…なんとも唖然である。一体この時のアイツに何事が起こったのか、今でも僕は分からない。けれども唖然だったが故に、その迫力というか凄みのようなものはあった。そもそも今まで、誰が言い出すよりも先に彼からCDを作りたい、と聞いたのは初めてだった。その口調からは並々ならぬ決意のようなものが感じられた。例えは変だが、次回作が自分のラストアルバムになっても構わない…そういう雰囲気を僕は感じた。それを聞いて、"それじゃ困る!"、"ていうかお前その前に今まで何してたんだ?"とは誰も言わなかった。ケンからの発言を受けて他の3人が言ったことはひとつ。"なら、やろう"。

実質的に、3rdアルバムの本格的な製作が始ったのは、僕の誕生日も過ぎた1月の終わり頃だった。通常はそれまでに、新曲のストックを沢山増やして、それぞれデモなども作ってレコーディングを始めるんだけれど、その段階ではストックを使わず、全て書き下ろしで始める雰囲気がバンドには強くあった。僅か2週間ほどの期間で各自が新曲を書いている間、僕も去年夏から書いていた50曲以上のストックは一つも出さずに、”Distance&Distance"を含む6曲程度の新曲をそこで書いた。他のメンバーは僕以上に高いモチベーションでそれぞれ新曲を書いてきて、2月のライブの前にはざっと20数曲の3rdアルバム用の新曲がテーブルに並べられた。

一体ここに至るまでに、どれだけの時間と曲のストックを"お蔵入り"させたんだろう(苦笑)。結局の所、LINDA LOUはいつもこうなのだ。散々回り道をして、登るべき壁を見つけるまで探し続けるようなもの。しかも今回の壁はやたら高かった。見つけるのも大変だったし、見つけた後は越えられるかどうか不安だった。だからその不安がなくなった時、つまりケンの口からアルバムを作ろうという言葉聴いたとき、バンドにとってその壁は半分以上越えたようなものだったよ。

大変だったのはむしろスタッフの方で、そんなスケジュールで進められては突貫作業になるのは間違いなかった。何日もに渡って徹夜を強いられるし、体力的にも精神的にもキツいスケジュールを組まなければいけない。それでも連日隙間なくスタジオを押さえてくれて、バンドがプリプロから自分達の望む作品を作れるよう綿密な環境作りをしてくれたし、付き添いという形でメンバーと同じかそれ以上の長時間ワークを共にしてくれた。2月以降、こんな過密スケジュールを乗り切ってアルバムを完成まで漕ぎ着けられたのは、まさにそういったスタッフの方々の力に他ならないと思ってる。

とにかくそんな形で、新しいアルバムの製作は猛烈に動き始めた。既にケンがMCで宣言した"春"は目前と迫っていた。



(続く)
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