Third man running(4)
ふと考えてみると、去年の8月以来バンドが自ら企画してやったライブは、9月の原宿ビックバンドワンマンと、冬ツアーの各会場での2マンライブ。実際にはそのどちらもGenerationGapと一緒に作り上げたステージなので、彼らとの深い協力関係で作り上げられた、というのが正しい。てことは、今度の8月3日のUnitライブは実に一年以上ぶりの、バンドメンバーだけで演奏するワンマンライブなんだよね。
2年前にmorphでやった初めてのワンマンライブみたいに、何が起こるかわからない期待と不安を、今の僕は感じている。




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去年冬の2マンツアーは、僕にとってもずっと前から念願の一つだった。
ライブをしに行きたいけれど現実的な条件はまだまだ厳しい、そんな場所は今も日本中にたくさんあるけれど、その中のいくつかの街にライブしにいけるかもしれないチャンスが訪れた。こういうのって本当にタイミングだから、そうと分かってからはGGの上杉君と何度も打ち合わせをして、移動手段や宿泊経路、何より大切なツアー全体のお金のやりくりと当日のステージ作りを詰めていった。当たり前の話だけれど、ライブでの演奏以外にも全ての事を自分達で計画立てて、責任を負わなければいけないからね。メンバーの体を預かってどうやって安全運転していくか?みたいなのも、当然あるわけです。

この冬ツアーの成功は、当時の僕にとって本当に大切な、悲願に近いものだった。幸いにも、初めて訪れる富山や旭川にもバンドを待っててくれるファンがいてくれた。いつもは東京やその他の会場に足を運んでくれる人がいる街へこっちからライブをしにいく事が出来る…こんなに嬉しい事は他に無いよ。去年の夏以降、ライブする度に消耗していた僕にとってもこのツアーをやれた事は本当に大きな喜びだった。

同時に、初めての街でのライブを一時間以上のステージで、大切な仲間と共に作る事が出来たのは大きかった。見に来てくれる人も勿論だけれど、演奏する側にとってもこの長いステージは自分達の音楽を伝える意味ですごくやりがいがあるし、楽しいんだよね。合宿で用意した新曲を披露したり、ツアーでのメニューが回を重ねるごとにちょっとづつ進化していって…ミュージシャンとしても一人の人間としても、この冬ツアーでは凄く貴重な時間を貰う事が出来た。

ツアー中はそれこそ男11人の旅道中…ケンカしたり揉めたり(?)する事は一度も無かったし、むしろ普段の篭りがちな生活よりずっと溌剌としたものだった。やっぱりライブは、バンドを少しづつ良い方向へと進ませてくれる大切な要素だった。その一方で、段々と終わりに近づいていく寂しさもひとしおだった。寂しさというよりも…これが終ったら、自分達は一体また東京帰って何をすればいいんだろう?という心もとなさが僕にはあった。また次のアルバムに向けた個人の曲作り??肝心のアルバムの方向性だけは、ツアーが終ってもまだ見えないままだった。

けれども今思えば、この冬ツアーでそれぞれ何がしかの"きっかけ"は掴んだのだと思う。個人的な事を言えば、その年末にかけて新たに機材を導入して自分のスタジオを充実させたり、製作に向けての環境作りをかなりの出費を払って(苦笑)始めていた。曲は勿論ストックが溜まっていたが、もしアルバム作りが始ったならすぐにでもスタートが切れるような準備を少しづつ始めていた。あとは"どんなアルバムにするか"という事だった。


12月30日のライブ中、ケンがMCで"次のアルバムを春に出したい"と発言した。これは全くのアドリブで、聞いたこっちが一番驚いたんだよ(笑)。いくらストックが山ほどあるとは言え、そんな風に言えるにはよほどの確信がなければ無理な状況だった。その日のライブを終えて、05年のスケジュールは全て終了した。あとは新しいアルバムを作り始めるのみ…それ以外のスケジュールは、実の所ほとんど白紙だった。これが出来ない事には、バンドは前に進む事が出来ない。そんな3rdアルバムがどんな作品になるのか、その時は全く分かっていなかったけれど、それが簡単に作りあげられるような代物ではない事はメンバーそれぞれ心の中で分かっていた。とりあえず、オフの年末年始の間にじっくりその事について考える約束をして、ライブ後の忘年会を後にした。








けれどもその日を境に、誰もケンと連絡が取れなくなってしまう。




(続く)
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