ピアニスト
ジャズピアニストの佐山雅弘さんが亡くなった。享年64歳。
突然の訃報に大きなショックを受けている。まだお若いし、がんと闘病していたことも全然知らなかった。。。

16歳の時、初めてジャズピアノの魅力や楽しさ、奥深さを教えてくれたのは佐山さんのピアノだったと思っている。
それ以前もビルエバンスとかは聞いていたけど、やっぱり時代が古いというか、まだ高校生だった自分にはピンとこなかった。
しかし佐山さんの演奏は、音楽的な経験に乏しかった自分にもそのカッコよさや魅力が十分に伝わる、エネルギーとある種のキャッチーさを持っていて、すぐに魅了された。
ジャズピアノのコピーを真剣にやったのは、ポンタボックスが初めてだったよなぁ。まぁ全然コピー出来なかったけど。。、

長らく生の演奏は聞いていなかったけれど、追悼の気持ちを込めて久しぶりに音源を聞いている。
R.I.P.
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ソウルの女王
歌手のアレサ・フランクリンが亡くなった。
NHKの朝のニュースでも伝えられ、死因は明らかになっていないとの報道だったが、すい臓または胃がんであることは少し前から公になっていたはずだから、おそらく病死だろう。
2009年のオバマ大統領就任式で歌ったのが一番日本での印象に残っているだろうから、あれから9年。
享年76歳。早いといえば早いが、自宅で家族に見守られながらの最期だったようだ。

僕がアレサを初めて聞いたのは、1980年公開の映画「ブルース・ブラザーズ」に出演するシーンで歌っていたのを見た時だった。
確か小学校の低学年の時だから、7、8歳くらいでアレサを初めて観て、R&Bやソウルを聞いたことになる。相当早熟だね。(笑)
子供心にもこの映画の影響やインパクトは相当大きくて、以来ずっとアレサのことをリスペクトしてきたし、ソウルだけでなくブラックミュージック全般に対する興味や憧れもこの頃に形成されたのだと今になって思う。
アレサだけでなく、ジェームス・ブラウン(JB)、レイチャールズ、ジョン・リー・フッカー、ブルースブラザーズバンドのメンバーなど、みんな小学生の時から知っていたし、映画自体もビデオで何十回と観まくっていたから、かなり影響あるだろうなぁ。

アレサは例え同じ曲でも、同じように歌うことは2度と出来ないと公言していた。
ライブやコンサートを精力的に行い、歌手活動を2003年に一度引退するものの、撤回してライブ活動は病気で倒れるつい最近までやっていた。
まさに生で歌うことに関しては生涯現役を貫いたシンガーだったと思うが、残念ながら生歌を聞いたことは一度もない。
というのも極度の飛行機恐怖症で、来日公演は一度も行われなかった。来日したこと自体ないんじゃないかな。
だから僕の知り合いでも、好きな人はアメリカまでコンサートを観に行っていた。さすがに僕はそこまでしなかったが、今思うとしておけば良かったかなと思う。

いずれにせよ、生涯現役で、亡くなる前までアーティスト活動やライブを行える人は本当に少ない。
そういう意味でも、僕が物心ついた頃から今まで、ずっとリスペクトしてきた歌手だった。
R.I.P.
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ロックのパイオニア
歌手の西城秀樹さんが急性心不全で亡くなった。
こころからお悔み申し上げます。

昨日午後のニュースで知り、大変驚いたけれども、不勉強ながら僕もYMCAや傷だらけのローラなど、往年の大ヒット曲くらいしかちゃんと聞いたことがなかった。
今回様々な形で報道されているけど、新御三家ではなくソロのロック歌手として70年代の日本の音楽界に与えた影響はとても大きく、特にその歌唱法とステージングは現在のJPOP、とりわけロックを中心としたJ-Rockやビジュアル系にも引き継がれている。
自身も洋楽のロックに強い影響を受け、まだロックという音楽ジャンルになじみの薄かった日本の歌謡界、音楽業界にそのボーカルスタイルを根付かせ、知らしめたロック歌手のパイオニアの一人だと思う。
個人的には、日本のロックボーカルのパイオニアはずっと(今でも)沢田研二さん=ジュリーだと思っていたので、ジュリーのレコードは沢山持っているし楽曲・歌唱法もかなり分析してきたのだけど、ヒデキの方はちゃんと勉強してこなかった。反省。。。

脳梗塞で倒れた後も、歌手として復帰するために過酷なリハビリを続けていたことを初めて知った。
歌に対して、大変な情熱と強い意志を持っていた事にすごく驚いた。いやだって、あれだけ一世を風靡して、年齢的なことも考えれば、歌うことにそれだけの気持ちを持ちつづけるのは大変なことだと思う。
そういったいろいろなことを含めて、音楽的にまた再評価されていくだろう。
僕ももっとちゃんと勉強しないとなぁ。
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True Stories
21日土曜日の朝、DJ/音楽プロデューサーのAviciiことティム・バークリングが亡くなったとのニュースが流れた。
享年28歳。あまりに早すぎる、そのショックで週末はずっと立ち直れなかった。

死因はいろいろと噂されているものの、今のところ不明。
過去に何度も来日公演が中止となり、その際に「体調不良」「ドクターストップ」とアナウンスされたため、健康問題を心配する声も多かったが、それが何度も続いたため「よっぽど日本に行きたくないのでは?」とネタにされたこともあった。
結局、来日コンサートをしたのは2016年の1度きり。その来日公演前にすでに「2016年内で一切のライブ・ツアー活動から引退する」と表明していたため、文字通りこれが最初で最後の来日公演となった。
あの時はなにかの用事か締め切りがあって行けなかったんだよな…それでもまさか、まさか本当にもうこの世からいなくなってしまうなんて、夢にも思わなかった。

去年のチェスターベニントン(LINKIN PARK)の時もそうだけど、心からリスペクトするミュージシャンがこの世からいなくなってしまうのは本当につらい。
まだまだ沢山の作品を残せただろうし、早すぎる…と僕よりずっと年上で、何十年にもわたるキャリアがある人でもそう思う。
けれど、Aviciiは僕より1世代以上年下だ。年上のアーティストですら早すぎると思うのに、まさか20代で逝ってしまうとは…
それだけ自分より若くて、尊敬するアーティストは数えるくらいしかいない。(やっぱりすごいと思うのはほとんど年齢がずっと上の人が多いからね)

Aviciiは世間的にはDJとして認知されているが、僕の中では作編曲家の方がしっくりくる。DJっていうとどうしても他の人のレコード(曲)をプレイするイメージがあるじゃない?
彼の場合、というか現代の有名なEDM系のDJは全員そうだけど、自分の作った曲をメインにプレイするわけだから、DJだとちょっと誤解を生むような気がして。
ミュージシャンでも良いけど、やっぱり自分で歌ったり楽器演奏するわけじゃないから、作編曲家が一番しっくり来るんだよね、個人的に。

そんな作編曲家として、とんでもない才能と、さらに有名になった後も絶えず音楽的に進化、挑戦していく姿勢は、自分よりずっと年下なのに本当にすごい人だなぁとずっと思っていた。
2016年にコンサート活動から引退をして、その後は人前に出ることなく創作活動、他アーティストのプロデュース業に専念する、ということだったけれど、2017年に出したシングルEPが結果的には遺作となってしまった。

去年一部の映画館で限定公開された「True Stories」という彼のドキュメンタリー映画があって、その中でデビューから一気に世界的な売れっ子DJになり、世界中をツアーで周る様子が写されているんだけど、もともと自宅のPCで作曲した曲をネットにアップした所からスタートした彼にとって、有名になって世界中のフェスやパーティでプレイするというのは、肉体的にも精神的にも死ぬほど苦しいことだった。
音楽(作曲)に対する真摯な姿勢、そして2016年に表舞台からの引退を決断するまでの苦悩が、このドキュメンタリーでは克明に描かれており、かなり追いつめられていたことがわかる。

その映画の公開時にオフィシャルサイトで公開されたコメント。
「2016年に僕はライブ演奏することを辞めた。ファンの多くはきっとAviciiは終わったと思っただろう。でも、ライブで演奏することを辞めたことが、Aviciiや自分の音楽の終わりってことじゃない。ライブ活動を辞めたことで、僕は全てを理解できる場所に帰れた。それはスタジオさ。だから次は、僕の曲作りへの愛情をみんなに伝えたいんだ。これは新しいステージの始まりなんだよ」

R.I.P.
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プライオリティ2
前回の続き。


楽曲や音楽にとって大事な部分に労力を使い、それほど重要でない部分には拘泥しない。
数年前に、ゼロからどれだけ短時間で一曲作れるかの練習をしていた時期がある。
何度かやってみた結果、僕のペース配分は大体以下の通りだった。
作曲1時間半、作詞30分、アレンジ4時間、歌録り1時間、ミックス1時間くらい。
これが一番効率的というか、これ以上早くは出来ない限界がこのくらいだった。(笑)
こういう練習をすることに意味はあると思うが、上記の時間配分は、音楽制作のプライオリティからするとおそらく正しくない。
多分一番ベストな配分は、作曲作詞:4、アレンジ:3.5、歌録り:2、ミックス:0.5、くらいだと思う。
聴く人の心に残る楽曲を作りたければ、アレンジと録りを0.5ずつ減らして作詞作曲にもうプラス1した方がより良いかもしれない。


自分の能力の限界が上の必要時間で表れているとするなら。
ミックスが最低1時間とすると、歌録りは3時間、アレンジは6時間、作詞作曲が10時間となる。
これだと1日一曲は絶対無理だ。でも作業としてはかなり早いし良い配分だと我ながら思う(笑)
もしもっと早くしたければ、ミックスにかける時間を減らす。でもミックスを半分の30分でやれたとしても、アレンジが半分の3時間には絶対ならない。
大事なのは時間数ではなくて、配分であり優先順位だ。


なんでこんな具体的な数字が言えるのかというと、大規模なコンペに勝って採用されるような曲は、大体こんな配分で作られているんだろうな~と思うことが多いから。
総時間でどのくらい掛かっているかは全く分からないけど、少なくとも作詞作曲の倍の時間をミックスにかけているとは思えないよね。
どうしても、得意な作業や好きな工程に時間をかけてしまうし、こだわってしまう。
そこを自分でコントロール出来るようになると、より色々なことはスムースになると思う。
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プライオリティ
もう何回もblogで同じこと書いているような気がするけど(笑)、改めて最近思うこと。

曲を作る時に、まず作曲(歌ものなら作詞も)があって、それをベースにアレンジをして、それを演奏(歌唱)したものをレコーディングして、最後にそれらの素材(トラック)をミックスして、マスタリングする。
大まかに言えばこういう流れというか手順を踏みながら一曲完成する。
完成した曲は、ほぼ必ずこれらの工程を全て終了したものであり、制作に参加した当事者でなければ、プロセスの途中やまだ工程を通ってないものを聴く機会はまずない。
要するに、アレンジしてない状態のベーシックな曲や、歌や楽器をレコーディングする前のデモや、ミックスしてない曲を聴くことは普通ないってこと。
完成した曲ってのは色々なプロセスを全て通った、様々な要素が組み合わさった状態。当たり前だけど。

で、その完成した状態の曲を聴いて、「いい曲」とか「イマイチ」とかっていう判断をする。
どの部分の要素を指して「良いor悪い」を判断しているのか、普通の一般的な音楽リスナーのほとんどは分からない。
というか、音楽制作のプロでも、自分が制作に関わってない曲を聴いて、どの要素が良いか悪いかを適格に判断するのは困難だ。
だから普通は、一番耳に入ってくる部分、印象に残りやすい部分をピックアップして判断することになる。
メロディが好きかどうか。歌ものなら歌詞は何を歌っているか、歌は上手いかどうか。
インストや楽器好きな人なら、楽器の演奏についてや音色についてじっくり聞く人もいるだろう。
人それぞれ色々な「要素」を聴いて、自分にとってその曲が好きかどうか判断するわけだけれども、僕の持論として、あるいは一般論としても多分?、制作工程の最初の段階 = 上流ほど影響が大きく、楽器やトラックよりも歌の影響が大きい。

楽曲制作するにあたって、クオリティをどう上げるか考えた時に上に書いたことはすごく重要なことだと思う。
でも常に日ごろそれを意識して、自分の行動や判断に反映させているかというと、なかなか難しい。
どうしても、自分の関わる工程、自分が得意としている部分を「重要」に考えてしまう傾向がある。
最近では僕も含めて、制作工程の最初から最後まで全部自分(あるいは少数のチーム)でやってしまうパターンもあるが、それはそれで、全部を均等に考えてしまったり、どれが重要で、どれが(それほど)重要でないかを見誤ってしまうことは多い。
楽曲制作において、ミックスはもちろん大事だ。
でも大事ではあるけれど、そのひとつ前の段階である演奏や歌のレコーディングの方がもっと大事だ。
さらにいえば、何を演奏するかを決めるアレンジの方がもっと大事だし、歌なら歌唱力以上に歌詞やメロディそのものの方が大事だ。

自分でもバカらしくなるくらい当たり前のことを書いている…けどその当たり前が未だに難しい。
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波に乗る
今月に入ってからおよそ3週間以上、ほぼ休みなくずっとかかりきりだったプロジェクトにようやくメドがついてきた。
昨日のblogでは闇の真っただ中みたいなテンションだったが、わずか一日でこの霧の晴れ方…これだから音楽ってイヤ(笑)

まぁ実際、全く進まずに苦しみ続ける日があれば、その次の日は嘘のようにスムースに進んだりもする、それが音楽制作。
そういう浮き沈みというか、感情と思考のダイナミズムを楽しめる人が、クリエイティブな作業に向いているんだと思う。
だけど自分としては、そういうのは向いていないんじゃないかと常々思っている。
波風なく、ずっと穏やかに平坦なままを好むタイプだから。
まぁ音楽の出来不出来くらいで、いちいち上がったり下がったりしているようじゃまだまだなのかもしれない。

今日も一日作業して、夜はゆっくり休みたい。
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完成した曲、聴くべきか聴かないべきか
先にどんどん進んでいけるように、最近は敢えて完成した曲を聞かない=パソコンやiPhoneに入れないようにしている。
意識してやっているとはいえ、ふと自分の進み具合が分からなくなるというか、ずっと終わらない作業の途中にいるような気がして、朝起きるのがしんどい。。。
毎日起きると「今日もまた昨日の続きからか…」みたいな精神状態。
朝起きて最初にフレッシュな気持ちで始められないと、だんだん心の疲労度がたまっていく感じがある。


で、昨日は提出のために、一週間以上前に終えた曲を初めて自分のプレイヤーに落として聞いてみたんだけど、これがやっぱりいい(笑)
その曲の作業を終えてから時間が経っているので割と冷静な気持ちで聞けるし、多少粗があっても今から修正する気にはあまりならない。
面倒だからw
というか、今は全く別の曲に取り掛かっているので、時間的にもよっぽどのミスがない限りはやり直す必要がないんだよね。
改めて完成曲を聞くと、ちゃんと自分、仕事してるじゃん!みたいな気持ちになれて良かった。

ただ、自分の曲はやっぱりついちゃんと聞いちゃう。
同じ曲をリピートして聴く(曲が終わったら、同じ曲をそのままアタマからもう一度聞く)ことなんて滅多にないけれど、自分の作った曲はついリピートして聴いちゃうから、これが時間的にも勿体ないし、誰も気づかないような細かい所を修正したい気持ちが出てくるかもしれない。
これは良くないことだし、その習慣を変えたいと思っている。
なので、自分の「完成した曲」を聞くことは気持ちの上で良い効果があるけれど、そこにとらわれないようにする必要がある。
要はバランスってことだね。難しいことだけれども。
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改めて曲作りについて考える
ふと、バンドとかで曲作りやアレンジをするのってどうやってやるんだっけ?と考えてしまった。
いや、バンドじゃなくても、ソロでもデュオでもいいんだけれど。
どんな形態であれ、普通曲を作る時はまずメロディやコードを考える所から始めて、それを固めていくと同時にその曲のリズムをどうするか、全体の構成をどうするかというアレンジの肉付けをしていく。
この段階で、楽器を弾けるなら自分で弾いて、あるいは打ち込みをプログラミングして、アレンジの要素を足していく。そのどちらも出来ない場合はミュージシャンを頼んで弾いてもらう。他の人に打ち込んでもらうって場合もある。
自分を含めた色んな人の演奏やら打ち込みやらが重ねられて、一番最初に曲を考えた時のイメージに近い形になったら、一応その曲は完成になる。
こういうのが昔から、今でも一つのスタンダードな曲作りの方法としてある。

一方で、自分で曲を作り始めて、アレンジの段階においても自分でどんどん弾いて、打ち込んで曲を完成までもっていくというやり方も、ここ数年ではスタンダードと呼べるくらいよくある方法の一つになってきた。
上に書いたやり方と何が違うかって、見ての通り「自分一人で完成まで」やるかどうか、というのが大きな違いだ。
ごく一握りのスーパーミュージシャンを除いて、全ての楽器を自分で演奏し全てのパートを自分で打ち込むとなると、膨大な知識やスキルが必要となるので、普通は出来ない。
けれども今では、頭の中にある色々な楽器の音や演奏を、打ち込みやサンプリングの技術の発達によってかなり近い形にプログラミングすることが出来るようなってきた。
もちろん誰でも簡単に出来るというわけではないけど、昔だったら出来なかったことが、少しづつ出来るようになってきたのは事実だ。
そういう人が少しづつ増えていって、今ではそれが要求されるスキルの一つになりつつある。
作曲者が一人で完成までやることが良いことか悪いことかはどっちもあると思うけれど、一つ確実に言えることは「一曲あたりの予算は低くなる」ということだ。
どうやっても、曲作りに参加する人が増えれば増えるほど予算はかかるからね…一人で作曲からアレンジ、完成までやるというのは、予算を低くするための究極の曲作り方法ともいえる。
ここからさらに予算を減らそうと思ったら、AIのような人工知能に頼ることになるけれど、それも実はミックスやマスタリングの分野では既に始まっている。まだ本当に初期の段階だけれど。

かくいう僕も、そういう「一人で全部やれる」系の人間の一人だ。僕の場合ミックスやマスタリングも出来るから、これはもう究極の安上がり楽曲制作者みたいなもんだ。
でもそれが良いことであるとか、俺ってすごいだろ!みたいな風には、全然思えない。
そもそも全てを一人でやれる、というのは、全てが浅い知識や経験のもとでやっているということでもあるし、アレンジの話でいうと、何故バイオリンも弾けない自分がストリングスのアレンジをしているんだろう?とか、トランペットに触ったこともないのにブラスバンドの曲を作ってる、とかいうことはしょっちゅうある。
そういう曲作りやアレンジをしなきゃいいのだけど笑、自分の弾ける楽器だけでやっていたら全部ピアノの弾き語りになっちゃうし、プロのレベルで言えばそもそもピアノだって怪しい…あらゆる楽器を普段プログラミングでやりながら、結局何も出来ないじゃんみたいに思う時がある。

バンドだったら、自分のパート以外はバンドのメンバーに考えて貰って、弾いてもらうのが当たり前だった。
でも今のバンドはもうそうじゃないのかもしれないな。良く知らないけれど。
誰だって、自分の得意とするパートを担う時は楽しいし、自信もある。そうじゃないパートをやらなきゃいけない時は、チャレンジであると同時に難しさやイライラが募る時もあるだろう。
僕が一人で(完成まで含めた)曲作りをする時は、ずっとその後者の状態なのかもしれない。
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作曲のオハナシ
今まで、ミュージシャンやアレンジャーの実力やスキルの違いは一聴して分かっていたものの、いわゆる専業の作曲家(作曲だけして、アレンジはしない人)の実力というのが、いまいちどこがどう違うのか分からなかった。
だってコードとメロディ作るくらいなら誰でも出来るじゃん…?別に組み合わせに正解はないわけだし。

だけど最近、色んな曲の「アレンジを除いた、曲そのものの部分」を分析するにあたって、段々と作曲そのもののスキルというか、作曲家の人の凄い部分が分かってきた感がある。
単純に言えば、スケールやコードから「外れた」音を、いかに外れていないように自然に聞かせられるか、という所に作曲の腕の違いがある。
ピアノでいう所のドの音からその上のドの音まで、音階はたった12音階しかない。メロディはその中で上に行ったり下に行ったり、伸ばしたり短く切ったりして作るわけだけれど、たった12個の音階ですら、スケールやコードに沿って使っていては全てを使うことは出来ない。いわゆる「気持ち悪い音」があるからだ。

その気持ち悪い音=外れている音を。そう聞こえないようにスッとナチュラルにメロディの中に混ぜるテクニックというのがあって、これはちゃんと音楽理論を勉強しつつ、作曲そのものの経験を積まないと出来ない技術だ。
僕自身も、そういうオーダーがあれば書くことは出来るが、なにも指示のないまま自由に曲作りすると、こういう音使いをして作曲することはまずない。つまり自分の中に「ない」使いかたであり、技術なんだと思う。

様々に異なるスケール音をナチュラルに曲の中に入れてくるような曲(?)を聞くと、この作曲をした人はちゃんと勉強してるんだな~と思う。
勉強しないで、感性やセンスでこういう音をメロディに乗せるアーティストやソングライターもいるが、やはりどこか気持ち悪かったり、不自然さを感じる時が多い。(もちろんそれを狙ってやってるだろうから、別に間違いではないけど)

まぁ必ずしも、こういう音を入れた方が絶対いい曲になるか、と言われるとそうでもないのだけど、単純にスキル厨の自分としてはこういうアカデミックなメロディ、コード進行も自分のものにしたいなぁと思うのです。笑
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