ジョギングあるある
夏の暑さも日ごとに薄らいで、朝のジョギングが気持ち良い季節になってきた。
これがあとちょっとすると寒くなってまた億劫になるから、実は東京で気持ちよくジョギングできる季節というのは、1年のうちでもそんなにない。(笑)
別に頑張って毎日ジョギングしなきゃいけない理由もないしさ。気持ちいい時にやって気分が良くなるのが大事。

早朝にジョギングしていると、同じようにやっている人を沢山見かけるが、多くの人は「頑張ってジョギングする必要ある?」と思えるような、見た目にも健康的でスラっとしたスタイルの人が多い。
逆に、いかにもダイエット頑張ってる!という感じの人がジョギングしているのを滅多に見ない。そういう時は心の中でめっちゃ応援するのだけど、年に数回くらい?
ちょっと不思議なことだけれど、よく考えれば理に適っているんだよね。
毎日、あるいは定期的にジョギングをしているような人は、そもそも健康的だし体形も絞られている人が圧倒的に多い。
健康のためにジョギングをしてるのではなく、ジョギングしているから健康的なのだ。
ダイエットも同じで、痩せるためにダイエットをするのではなく、ダイエットしてるから痩せている。

スポーツジムでも似たような光景はよく見られるけど、ジムの方がまだ「そこで頑張ってダイエットor健康的になろうとしている人」がいるよう気がする。ジョギングはもっと少ない。
きっとジョギングの方が無料だし、強制力がないし、退屈だからだろうね。笑
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情報ダイエット
カナダの大自然の中で過ごしていた間、半ば強制的に「インターネットからの情報ダイエット」をすることになった。
要するに、ネット経由での様々なニュースを見ない、聞かない生活をしばらく続けていたのだけど、今帰国してみるとやっぱり快適だったなぁと思う。


現地ではとにかくネットにつながる環境になくて、たまに繋がった時もかなり回線速度が遅かったので、とりあえずメールチェックだけして何もトラブルが起きていなければスマホをポイっとする時も多かった。
いわゆるメールマガジン等は読んでいないので、自ら日本語のニュースサイトにアクセスしない限りは、現地で日本の情報が入ってくることはほとんどない…ていうかテレビでは一回もなかったかな?あんまりちゃんとTVニュースを見ていたわけじゃないけど。
僕が向こうに行っている間、速報で知りたかったニュースは「北朝鮮のICBM発射、日本領空を通過してJアラートが発令した」という一件のみだったと個人的には思う。
サッカー日本代表のW杯出場決定とか、眞子様の婚約会見も大変おめでたいニュースだが、速報で知る必要はないと思うし。
あとは…24時間テレビのマラソンとか、芸能人が結婚したとか炎上したとかいうのは全く知る必要がない。


日本に帰ってきてもその生活を続けられたらいいんだけど、やっぱり難しい。
メールチェックするにも、このblogを書くにもPCを立ち上げなきゃいけないし、メールアプリやブラウザ立ち上げた時点で日本語の情報ってのは沢山入ってきちゃうんだよね…まぁついサイトを観ちゃう自分も勿論悪い。
情報やニュースって、ほとんどのものは自分にとって不必要で、それによって自分の脳や心が疲労したり、判断力や集中力をそがれているってのは重々分かっているんだけど、やっぱり都会に生活して、ネットもテレビもそばにあるような環境にいるとそれを意識的にシャットアウトするのはかなり難しいと思う。
僕なんかどこにも出かけないで一日中自室にこもっていられるけど、仕事や学校で必ず外に出ないといけない場合がほとんどだから、そうなるともっと難しい(ほとんど不可能?)だよね。
でもやっぱり、カナダにいた時はほんと快適だったんだよなぁ。気候もあるけど、視覚と聴覚の両方がすごくリラックスしていた。
そうそう、旅の最中音楽もほとんど聞かなかったから、耳から入る情報もやっぱり少なかった。向こうはレストランにしてもスーパーにしても、BGMって流さないからね。
あとは現地の人との会話ぐらいだけど、まぁ言ってることの半分くらいしかよく分からないし(笑)
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不安定
ちょっと前まで真夏日の暑さだったのに、ここに来てまた急に涼しい6月になりそうな気配。
まぁ暑いよりは涼しい方が良いのだけれど、そういえば梅雨もまだだもんね~。
気候が安定しないと、体調も安定しないからイヤ…と、天気のせいにしている。笑
締め切りが近づいているからですな~。
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病院大好き?
花粉症の薬が効かなくなっている気がする…何故だ?
去年は同じ薬でばっちりだったのが、最近はどうも抑えきれていない。薬の耐性とかそういうのもあるのか。
万能なものは世の中に何一つないからなぁ。また医者に行かなければならないのか。。。
ちなみに私、しょっちゅう医者に行ったり薬を貰ったりしているが、心底病院がキラい。笑
待合で待つのも嫌だし、なんとなくあの張り詰めた、静かな雰囲気が苦手。
少々の体調不良くらいなら行かない方がマシと思っているのだけれど、それにしてはやたら行っているような?
今日はおとなしく過ごそう。。、
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冬のアイツと春のアイツ
ニュースによると、インフルエンザの流行はピークを過ぎたとのこと。
今年の冬はこのまま一度も風邪を引かずに乗り切れそうで、心の中で密かにガッツポーズ。
自発的に予防接種受けといて良かったわ。。。


一方で、最近外出の際や電車の中でよく見かけるようになったのが、花粉症。
この前の風の強かった日なんて、相当に花粉の野郎が飛んでいたのではないだろうか。みんな辛そうだったし。
で、この花粉症もなぜか僕はまだ今年発症していない。
専用の薬は用意してあるものの、まだムズムズと発症する気配がないので、飲まずにいる。
まさか、ついにあの花粉症も今年克服出来るのか…!?
予断を許さない緊迫した状況が続く。(大げさ)
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初めての注射
11月最後の週が始まりました。今週木曜からは早くも12月。師走。
こうなってくると本当にあっという間だよね、今年も。
2016年の初めから今年もあと僅かって言い続けてきてるけど。笑



今朝のニュースでもやっていたが、インフルエンザが(今年も)流行の兆しを見せているらしい。
思えば2016年の正月はインフルエンザに感染して完全に機能不全になっていた。
なんだかんだ、毎年一回はかかっている気がする。あれ、一年に一回しかかからないんだっけ??
なので、今年の冬は同じ轍を踏みたくない。いい歳して毎年インフルエンザでのたうち回るのは嫌じゃないか!
だがしかし、予防接種の注射というのも、小学校の頃にして以来一度もやったことがない。
これって企業とかに勤めていると定期検診の一環だったり、なかば義務みたいな感じでみんな注射を受けているのだろうか。そんな話を聞いたことがあるような。。。
なので、どこの病院で、どんなふうに予防接種を受ければいいのか全く情報がない。あと値段も。
注射をすれば必ずインフルエンザにはかからない、ってわけじゃないから、まぁギャンブルみたいなところはある。いやギャンブルじゃなくて保険か。笑
まぁでもこれも一つの経験なので、近くの病院で注射を受けてこようっと。
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残りの脳力あといくつ?
11月に入りました。
もう五月蠅いくらい言ってますが、今年もあと2か月(笑)



体力と同じように、脳が持つ意思決定能力というのも使うほどに減っていき、使いすぎると消耗して無くなってしまう、という研究がある。
体力と同じで、一度無くなっても休息したり、寝たりすればまた復活する。
体力はジムに行ったり運動することで鍛えて増進することが出来るけれど、脳力を普段から意識して鍛えるのは難しい。よって、体力ほど個人差がないと言われる。
けれども、人それぞれ立場や年齢によって、一日中ぼーっと何も考えなくていい場合もあれば、重要な決定を時間単位で何度も選択して決めないといけない場合もある。
重要な決定、と言ったけれども、大して重要ではない場合でも、同じように意思決定力は消耗する。
例えば朝ごはんをパンにするかご飯にするか、今日着ていく服を黒にするかグレーにするか。
そんなよくありがちな些細な決定でも、いちいち考えて決めるたびに、自分の脳力は消耗している。
だから大抵の人は、朝起きた時や午前中はハキハキと物事を進めることが出来るが、夕方になり夜になるにつれて意思決定のスピードが鈍ってくる。脳が疲れてしまうから。

これはまぁ結構有名な話で、オバマ大統領が着るスーツの色は一週間の曜日で決まっているとか、スティーブジョブズが黒の長袖シャツしか着ないのも、マークザッカーバーグがグレーのTシャツしか着ないのも、朝起きて「今日は何を着ようかな?」と脳の意思決定能力を使わせないようにしているからだと言う。いわゆる体力温存みたいな。
日中仕事をしている間は、CEOとして極めて重要な選択、決定を沢山しなければならないからだ。
こういう人たちは少々特殊だとしても、普通に生きて、働いて生活していく中でも、こういうことを意識して出来るだけ重要な選択、決定にアタマを遣うようにすると、疲れにくい体になると思う。
要は、それほど大事じゃないことにアタマを使わないようにする、悩まないようにする、ということだ。
今日のランチは何を食べよう?どこのお店に行こう??う~ん。。。と悩んだぶんだけ、午後がキツくなってくると肝に銘じよう。笑
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ついつい見ちゃう、触っちゃう
昨日から体調を崩してしまい、それでもごまかしながら仕事してしまったもんだから、今日になってもまだ治りが長引いてしまっている。
まぁblog書いたりくらいは全然出来るのだけど、そうやってPCを見たり、スマホを見たりすること自体が治りには良くないんだろうなぁ。
極力PCやスマホを見ない。そしてしっかりベッド寝る。本とかも読まずに寝る!
これがなかなか難しい。笑
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敬老の日
昨日のblogはどうも書いている途中から感情的になってしまい、本来書こうと思ったことから脱線してしまった。反省。
要は、食べること、寝ること、そして身体を動かすことは誰でも生きている限りやり続けなきゃいけないということだ。これらについて、もう飽きたからやめる~ということは出来ない。
だから、これらの「質」に関して、もっとちゃんと考えてもいいんじゃないかというのが本来書きたいことだった。


言われなくても分かってるよ!という話だけど、意外とこの3つ以外のことに重きを置いて生活している人は少なくない。
あるいはこの3つがあまりに生きていくうえで基本的なこと過ぎて、まぁ例えばお腹が減れば何でも食べるわけだし、眠くなればどこでも寝れるし、働いて生活していれば身体も沢山動かすことになる。
改めて質について考える機会が少ないのかもしれない。
そんなことよりも、もっと他のことに興味関心を持って、お金や時間を使って…というのが現代の人の典型だと思う。
でもそれらはいつか飽きちゃってやらなくなる可能性もあるんだよなぁ。
仕事をして、働くということでさえ、めちゃくちゃ大事なことだと思うけれど、いつかはやめる時が必ず来る。飽きちゃうときなんで何度でも来る。笑
最終的に、死ぬまでやらなきゃいけないのはその3つだけなのでは?とお爺さんを見てて思ったんだよね。



そんなことを考える今日は敬老の日。
お祝いする側でいるのはいいけど、お祝いされる側にはなりたくないなぁと正直思うのでした。笑
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生きている限り
生きている限りやり続けることといえば、「食べること」と「寝ること」だと思う。
これに加えて、「体を動かすこと」もほぼ同じくらい生命維持に必要なことだけど、こちらは病気になったり年老いたりすると難しくなってくる。
でもこの3つだけは、生きている以上、死ぬ直前くらいまではやり続ける必要がある。



僕の知り合いで、もう数年寝たきりのお爺さんがいる。
意識はあって、大病もしていないが、誰かの介護なしには起き上がることも難しく、日常生活をするためのほとんどの動作が自分一人では出来ない。
その状態でも特養や病院には入らず、介護士やヘルパーの方に自宅までほぼ毎日来てもらって生活している。生活というか、「なんとか生きている」という感じだ。
そんなお爺さんでも、毎朝起きて、ご飯を食べて、日中はベッドで寝たりテレビを見たりしながら、また夜ご飯を食べて、夜には寝る。
それ以外の活動は全く出来ないのだけれど、逆に言うとそれらの活動「だけ」はどんなにギリギリの状態でもやる必要がある、ということだ。
僕はお爺さんの家に見舞いに行くたびに、この状態になってもまだテレビは見るのかぁ…とやや暗鬱な気持ちになるが、まぁ見ているのか見ていないのかも本人以外よく分からないし、寝ていない時間はそれぐらいしかすることがないのだろう。本も自分で持てないし。



僕がこのお爺さんと出会った時からこの状態だったわけではもちろんなく、自分で普通に歩いて日常生活が出来て、快活に話し、笑い、元気に生きていた時をもちろん知っている。
それはそんなに大昔のことじゃなく、ほんの数年前だ。
一度大きな病気で入院してから、一度は元気になり退院したものの、段々身体が動かなくなり、運動や、日常生活の中の動作が自分一人では難しくなって、お医者さんや介護士の人の力を借りて生きるようになってから、さらに加速度的に症状が進んで、今の状態になってしまった。
一応言うと、お爺さんは決して治療の難しい難病にかかってしまったわけでなく、深刻な事故やケガを負ってしまったわけでもなく、普通に年老いただけだ。
確か90歳くらいだったと思うから、同年代で普通に元気な人もいる。亡くなった人ももちろんいる。
高齢であることは間違いないが、数年前まで元気だった頃を知っているだけに、今の状態を見るとなかなか思うところがある。




90歳以上まで生きるというのは、もう十分に平均寿命より長生きしているわけだし、自分一人で何でも出来て元気だった時にぽっくり死にたかった(?)、というのは本人も言っている。
身体が動かせない、というのは本当に辛いことだ。それでもまだ、食べることと寝ることは生きている以上どうにかやり続けないといけない。
今、健康な自分が毎日やっていることだって、食べることと寝ること以外は、いつかそのうちやらなくなる。そう思うと、ふと生きるとは一体なんだろうと考えてしまう。
いつか死ぬその間際まで、自分の意志で自分の身体を(全てじゃなくても)動かせるように、気を遣っておきたい。
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