監督交代
病院に行って処方された薬を飲み、昼間に作業を止めて半日ほど寝たらだいぶ良くなってきた>風邪。
まぁでもお医者さんも「特にどこも悪くないですね~風邪薬でも出しときますか?」みたいなノリだったので、結局この手の不調って日々の疲れだったり、精神的なものだったりするんだよなぁ。
わざわざ病院まで行って、別に熱もないしどこも悪くないけど?みたいな感じになるのが一番恥ずかしい(笑)

数日前になるけど、サッカー日本代表のハリルホジッチ監督の突然の解任。
JFAが正式に発表する前の、僕が朝起きた時には既に報道されていたので、それを知った時には思わず大声で驚いてしまった。
個人的には、なんでこのタイミングかなぁ…と思う。先日のヨーロッパ遠征2試合の結果で判断したことなら、ちょっと軽率ではないか。
監督を変えた方がいいのでは?という意見や声はもうかなり前からあったわけだし、それでもこの監督でロシアW杯を目指すというスタンスで一致団結し、文字通り去年W杯出場を勝ち取ったわけだし。

W杯開催前3か月以内に代表監督を交代した例は過去にも海外のチームであるが、そうやって直前に監督交代して見事にワールドカップ予選を通過したチームは一つもない、というデータもある。
もちろん、西野新監督のもとで予選を突破して、そのデータを打ち破る初のチームとなる可能性はある。
ただそうなったとして、それは西野監督の手腕によるものなのか、ハリルでは確実に予選落ちだったのか、それは誰にも分からないし判断できない。
こうなってくると、本番で勝っても負けても、誰のおかげなのか、誰に責任があるのかよく分からなくなってくる。
個人的には、勝っても負けてもどちらでもいいから良いゲーム、良いパフォーマンスを見せてほしいと、このblogでも常々書いているんだけどね。

一つ確実なのは、そしてこれが一番致命的だと僕は思っているのだけど、世界中にいる代表レベルのサッカー監督、指導者たちに、「日本サッカー協会は、W杯出場を勝ち取っても直前になって監督をクビにする」可能性があると思われてしまったこと。
こうなると、なかなか日本代表の監督になってくれる人は今後少なくなる気がするけどね…特に有名な監督や、優秀なコーチ、指導者ほどこれをリスクと捉えるでしょう。
どんな状態であろうと、サポーターは代表を応援するし、僕もロシアまで行く。そこは変わらない。
だからこそ、今回の決定はちょっと残念だったなぁ。
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引退を考える
穏やかな気持ちで週末を過ごせるかと思いきや、意外にそうでもなかった。
まぁ時期が時期だしなぁ。
考えないといけないこと、悩み、不安etc...沢山ある。
そういうものを抱えつつ、朝からずっと仕事をしている。


金曜日の午後に行われた小室哲哉さんの引退会見から、今もまだ驚きともやもやした気持ちを感じている。
スキャンダラスな記事がきっかけになったとはいえ、本質はそこではなく、何年も前からご本人の中で考えてきたことなのかもしれない。
間違いなく、小室哲哉さんは日本の音楽界の功労者であり、不世出の才能の持ち主だ。
音楽プロデューサーとして絶頂期だった頃と現在とを比べて、色々言う人はいるだろうけれど、それでも事実に変わりはない。
今回、自身のプライベートに関するスキャンダルから発展して(とはいえ会見でその件についてはきっぱり否定しているけど)、さらに現在の奥さんの介護の問題があり、さらに自分の健康問題もあり、なかなかどれか一つのことをピックアップして「小室哲哉とは…」みたいに論じることは出来ない話だ。

別に法律を犯したわけじゃないんだから、周りがどうこう言うことじゃないというのが僕の基本的な考え方だけれど、上に書いたようなスキャンダルとかそういうのは一切関係なく(興味もない)、小室さんほどの人でも自分の音楽的な才能、スタンス、先行きについて深く悩み、身を引くという所まで考えていたというのが一番衝撃だった。
個人的な憶測だけれど、今回のスキャンダルがあってもなくても、引退はそう遠くない時期にあり得たような気がする。
現在進行中だったり、これから予定されるプロデュースの仕事なんかがバンバン入っていたとしても。
なんというか、そういうのが沢山あるって事と、本人がイケイケかどうかってのは、関係ないんじゃないかなぁ。


去年の安室さん引退に続き、つい先日はももクロの人も芸能界引退を発表したし、大勢のファンがいて、途切れることなくずっと音楽の仕事が舞い込んでくる人でも、心のどこかでいつ引退するか、辞めるかというのは考えているのかもしれない。
考えさせられるね。。。
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お値段
今日から11月最後の週のはじまり。
残すところ今年も一か月と少し。本当にホントにあと僅か…。

ブラックフライデーだった先週末、blogでも触れましたが、結局何も買ってません(笑)。
いや、でもまだ今日はサイバーマンデー。セールは継続中だ。なんなら今日が本番という見方もある。
僕のメールボックスには、海外のショップから「セールも残り僅か!」的なセールスレターがじゃんじゃん来ている。
商品が残り僅かならともかく、デジタルデータの場合はセール期間が残り僅かなだけで、商品自体はこの先も永久に、無限にずっとあるもんね。
そう考えると一気に購買意欲がなくなる(笑)。ちょっと普段より安いくらいで、焦って買うのも踊らされている気がして…

でも普段の生活を考えても、例えばスーパーの安売りしてる野菜や肉や、つい買っちゃう時はある。
お惣菜とかのタイムセールとか、賞味期限が近くて安くなっているやつは買わないけど。
セールにせよ、そうじゃないにせよ、何を買って、何を買わないかというのは生活していく上で常に考え、選択していかないといけない。
お金を持っているかどうかは、あんまり関係ない気がする。気にする人は気にするし、気にしない人は気にしないからさ。
多分自分は、何かを「買う」ことに関して人一倍考える性格なのだろう。
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神様のプログラム
いま気が付いたけど、引退から解散と続くblogのタイトルもどうかと思う。(笑)
普通は解散→引退の順番だろうに…ってそこじゃない!?

時を同じくして、先週から色々考えることがあり、仕事にも音楽にもなかなかモチベーションが保てない。
僕も引退の期日を決めた方がもう少し身が入るんじゃないかとか、いやそもそも今が現役=引退してないって言えるのか、とか。
仮に今モチベーションが持てないとしても、自分自身の捉え方や考えを変えることで、歩みを止めずに進むことは出来る。
それをせずに本当にここで立ち止まってしまったら、そこから先はどうなってしまうんだろう??
などなど。

最近何かで読んだのですが、1年以上先のことを見据えて、それを動機として今行動するというのは本来動物に備わっていないらしいです。そういう風に考える脳の仕組みや遺伝子情報がない。もちろん人間にも。
だけど人間だけが、そういう事が可能であると思い込んで(勘違いして?)色んな予測を立てたり、目標を持ったりする。
だからどこかで「これって本当に出来るの?それは正しい方法?」と本能的に疑問を持ってしまう。

スポーツ選手や科学者、色々なジャンルにおいて「小さいころから何年も目標や将来のビジョンに向けて努力し続けた人」は沢山います。
そういう人たちがみんな、何十年後の自分を想像してそれをモチベーションにやってきたかというと、実はそうでもない。(そういう風に勘違いしている場合はある)
もっと短期的な、例えば一年以内に行われる試合やコンテストに勝つという目標に向けて今月は〇〇をやる、その為には今週△△をやる、そのためには今日あれとあれを練習して…という風にどんどん目標を細分化させて、短期間にすることで、結果的に何年も努力やモチベーションが維持できる。
10年後にプロ選手になるために、今日の練習は出来ない(出来るけどしっくりこない)、という話。

安室さんが「ちょうど1年後」に引退するのは多くの人にとって「筋が通っている」ように感じるわけです。さらに1年間の間にきっと色々なことをしてくれるんじゃないかという、ポジティブな印象を抱かせる効果もある。
これが年内とか今月中となると「何かやらかしたんじゃないか?」と途端にネガティブな疑問を持つようになるし、逆に2年後とか2018年末(1年3か月後)だとしても「はぁ?」となってしまう。
なぜなら期間が長すぎて多くの人が本能的にイメージ出来ない=しっくりこないから。
今回の解散総選挙が「はぁ?」って思うのも、多分この「(2019年の消費税って言われても…)」っていう本能の部分じゃないかと思う(笑)

そういうことを意識すると、仮にいま先の目標がないとか、漠然と将来が不安だとしても、それが人間の脳や遺伝子的には正常であること、それに対してもっと短期間でやるべき事をみつけてそれをやればいい、と考えられるんじゃないかと思うのです。
まさに今日、この日にやるべきこと(もちろん今日中に片付くこと)を一つか二つやればいいんだよね。
何年も先のことなんて考えなくていい、今を生きなさいと、神様がプログラムしたのだと思えば、少しは持ち直せる気がします。
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シングルがいい?
7月になってしまった。2017年の後半戦が今日からスタート。
野球で言えば5回の表から、サッカーで言えば後半戦から…ってそのままか。笑
なんにしてもその事実に少なからず打ちひしがれている土曜日の朝。



最近も時間があったら色々な曲をYoutubeで聞いているのだけど、ちょっと聞き方というか、リリースされる楽曲に対する考え方が変わってきた。

Youtubeに新しくリリースされる(された)楽曲がアップされる場合、アルバム全曲試聴のような特殊な例を除けば、いわゆるシングル曲というか、シングルとしてリリースされなくても一番の「推し曲」が使われる。
まぁ当然と言えば当然で、昔っからラジオでも、テレビでも、メディアを使って人前に流すのは、アーティスト再度が1番おススメしたい曲であり、人の耳に引っかかりそうな曲であるはずだ。
アルバムから一番地味で目立たない曲をピックアップして、シングルとしてメディアに流したりはしない。笑
アーティスト本人がその曲を「好きか、嫌いか」は置いておいて、とりあえず一番キャッチーな曲を、今ならYoutubeにアップロードし、聴いてもらう。

僕は昔から、自分で音楽を作ったりアルバムをリリースしたりした経験から、アルバムで聞くことがそのアーティストの曲、音楽を理解するために必要だと思っていた。
今でもそう思ってるから、シングル(的な曲)を聞いて、いいと思ったらアルバムを聞く。もう習慣になってる。
でも、アルバムの中に「シングル曲」よりも良いと思える曲や、耳に残る印象的な曲があることは滅多にない。10曲入りだったら、シングル曲を除いた9曲の中にシングルよりもいいと思える曲が入っている可能性は結構、かなり低い。

もちろん、ファンにとってはどの曲も味わい深さがあるし、シングル曲以外の曲も聞ききたいし、敢えてシングル曲じゃない曲を好きになる、という気持ちは十分に理解できる。
でもそれは「気持ちは分かる」ということで、客観的ではないと思う。笑
やっぱりアーティストサイドが、何度も何度も考えてマーケティングやシミュレーションをして、シングルとなる曲を決めているのだ。
さらにそこに予算をかけて、その曲にだけMVを作ったりする。(アルバム全曲にMVがつくケースもごく稀にあるけど、レア)
何が言いたいかというと、やっぱりシングル曲がシングルとして選ばれるのは、それなりに理由と根拠がある。

僕みたいに、一人の好きなアーティストを深く聞くよりも、とにかく数多くのアーティストやバンドの曲を聞きたい人、しかも「いい曲」だけを聞きたいタイプからすると、いくらシングル曲を聞いて「良いな」と思っても、その度にアルバムを購入して全曲聞いていたのでは、それにかかるお金も時間も膨大になってしまう。
特に時間が重要だ。100アーティストのシングルを100曲聞くのと、アルバム100枚聞くのじゃ全然違うもんね。笑
今までもそうしてきたから、アルバム100枚聞くのも全然良いのだけれど、意外とその労力に見合うものは得られていないのではないか?と最近思うようになってきた。
アルバム100枚ってのも、ダウンロードやストリーミングだから出来る話だよね。ひと昔前ならレンタルCDとか。
物理的に、100枚のCDを棚に入れるのはやっぱりしんどい。
って、12インチのLPレコード(アルバム)を2000枚以上持ってる俺がいうことじゃないけど。笑
まぁレコードは聴くためにもってるわけじゃないし←

洋楽では割と普通にあることなんだけど、シングル曲だけ別のプロデューサーやミキシングエンジニアを起用する場合もある。
最初からシングルとして出すからそうしたのか、一通り作った結果それが一番良かったからなのかは分からないけど、アメリカの音楽産業は結構シビアにシングル曲とそれ以外のアルバム曲を分けて考えているようだ。
日本はまたちょっと事情が違って、シングルは完全に握手券やイベント券を付随させるための販促物になっている。
アルバムを作って、その中から一番の推し曲をシングルカットする…というのは、昔はあったけど、今はなかなかない。
だからアルバム10曲のうち6曲がシングルの曲、という事態になったりする。オリジナルアルバムなのにほとんどベスト盤状態。
でもそれって本来の意味での「ベストな曲を集めた」わけではないからなぁ。
シングル曲とアルバム曲(シングルではない曲)って、意外と奥が深いというか、国ごとの事情や時流もあって面白い。

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最近のライブハウス事情。
最近仕事で都内のライブハウスにライブを観に行く機会が増えてきた。
ZEPPやブリッツのような大箱ではなく、本当に文字通りのライブハウスで、それこそバンドの時にライブをやっていた所も多い。
もうあれから何年も経ったけど、都内のライブハウス事情はそんなに変わっていなくて、僕たちが良くやっていた所で無くなってしまったのはBOXX TOKYOくらい?
あとは新宿も渋谷も六本木もみんなまだあるし、実際にハコに行ってみても当時となにも変わっていない(笑)。


ところがどっこい、出演者とお客さんの層はかなり変わっている。
僕が最近ライブハウスに行く理由もそれだけど、アイドルのライブがかなり増えてて、箱によっては月の半分以上がバンドではなくアイドルのイベントやライブが開催されているところもある。
アイドルとは、まぁ1%くらい男性アイドルも含まれるが、要はほとんどは10代後半~20代の女性アイドルグループ(またはソロ)のことだ。
こういう年齢の女の子達が、昔自分たちがバンドでやっていたライブハウスでライブをしている、という事実に改めて驚きを感じる。
だって当時はそんなのほとんどなかったもの。


ちなみにライブと言ってももちろんバンドやミュージシャンによる演奏はなく、カラオケCDを流しながら歌ったり踊ったりする。カラオケにはレコーディングされた歌も被っている場合が多いので、まぁ8割くらいは歌ってないのだけど。
こういうアイドルグループが平日の17時くらいから22時くらいまで、土日ともなると昼の13時くらいから、それこそ20組以上で対バンイベントをしている。東京中で。
バンドが出てないのに対バンとはこれいかに?と思うんだけどw、この対バンという言葉は普通に今でも通じるし、アイドル本人たちも対バンという言葉を使っている。
もー本当に何から何までワタシついていけません。笑


で、お客さんの層もそれに合わせて僕らの時とは全然変わっていて。
女性アイドルが好きな女の子、通称女オタもずいぶん増えてきてはいるだろうけど、やはりこうしたアイドルのライブに来る層のメインはまだまだ圧倒的に男性であり、しかも割と年齢層は高めだ。
先日僕が行った都内のライブハウスでのアイドルイベントも、おそらく会場のお客さんのほとんどは僕より年齢上の男性。平日だと仕事帰りでスーツを着ている人も多く、おそらくそれなりに会社での立場役職も上?のような感じがする。
そういう人たちが、声を張り上げてコールやオタ芸を全力でやっている。
自分がバンドでライブをやっていた全く同じステージ、場所で、全く違う光景が今は繰り広げられている。
その事にただ驚き、新鮮、そして色々と考えてしまうこともある。


時代と言えばそれまでだけれど、実際にメジャーインディーを問わずアイドルはめちゃめちゃ増えたし、それに応じてファンの数も増えている。
音楽の仕事をしていると、結局はその時の時代や主流に沿って仕事のジャンルやカテゴリは決まってくるのだけれど、アイドルの楽曲制作や演奏は今は圧倒的に多いと思う。
まぁもともとソロアーティストやバンドは本人たちで自作するから、そういう意味でも発注される仕事の量が大きく違うのだけれど。
だからアイドルのCDや楽曲、ライブ、イベントが増えても、なんらおかしくはない。


ただ、いわゆるインディーズのアイドル(俗にいう地下アイドルってやつ。その呼び方は好きじゃないけど)のメイン活動の場所、ステージが、元はバンドのために作られたライブハウスだっていうのは、ちょっと違和感もある。
ライブハウスのあの雰囲気に、やっぱりアイドルとか女の子グループって合わないと思うんだよね。PAの音もだし、照明とかの見た目も。
アイドルらしいキラキラ感とか、ポップさとか。自分のバンドだって、なんか合わないハコだな~と思うことがあったくらいだし。笑
だから本当は、AKBのように専用劇場があれば一番なのだろうけれど、まぁライブハウス自体がそんなに簡単に作ったり潰したり出来るわけじゃないから、現状はこれでやるしかないのかもしれない。
でもまぁちょっとよろしくないと思うのは、明らかに18歳以下の女の子が21時以降にライブハウスで出演していることも多いんだよね。新宿や渋谷って場所も場所だし、そういう時はどうかなって思う。


でもさ、これも最近仲間内でよく聞く話なんだけど、自分がバンドやってた当時には出れなかったライブハウスの話。
例えば下北沢のライブハウスなんて当時出演希望して音源とか渡しても出させてくれなかったわけ。「音がシモキタっぽくない」とか言われてさ。
そういうライブハウスも、今はアイドルの対バンやワンマンライブがスケジュールに沢山入っていたりして、そういうのは正直「なんだよ!」って思うよね。笑
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Why don't you have twitter?
タイトルにもある通り、Twitterやってないんですか?と聞かれることは良くある。
まぁ、一応アカウントはあるんだけどね…アクティブユーザーとは言えないし、今後急につぶやきだすこともなさそうだし。
GoogleやFacebookへの身売りが報道されるなど、世界全体で見ればTwitterはここ最近縮小傾向にあるが、トランプ大統領も相変わらずTweetしまくっているし、日本はアクティブユーザーがかなり多いことでも知られている。
海外だと、有名人やセレブが一般ユーザーに向けて発信、発言をするツールとして定着しつつある。
つまり一般ユーザーはそれを見る側、あるいはそれに対してコメントやリプライを飛ばす側であって、あまり自分のパーソナルなことをつぶやく傾向にはない。
Facebookも似たようなところがあって、やっぱり有名人や企業、政治家といった注目を集めることが必要な立場の人が、仕事としてやっているイメージだ。
そう考えると日本のTwitterやFacebookはやや特殊で、もちろん上のような有名人もやっているけど、むしろメインターゲットは一般の人のつぶやきや投稿にある。
僕自身、そういうのには全く興味がもてないので、やらなくなってしまった。有名人ではない自分が発信する必要もないし、他の一般の人の発信を読んだりすることもない。(別に芸能人のつぶやきも見ないけど。笑)
それでも、いろんな人に会うたびにSNSやってますか?と聞かれることは今でもあって、そんなにみんなやってるものなのか~何のために?と思うこともある。
あと、Youtubeでカバー動画を上げるようになってから、そのアカウント宛に海外の人からしょっちゅう聞かれるのが、今日のタイトルだ。
Why don't you~?ってことは、当然やってるよね?やったほうが良いよ?のニュアンスが強く含まれる。やってますか?という日本語のニュアンスとは大きく違って、ほぼshouldと同じ感覚だ。
そこまで言うか!と思わないこともないんだけどw、まぁYoutubeに自分の歌まで披露しておきながら、SNSやってないってのも変なんだろうなぁ。
ここがヘンだよ日本人、てやつか(古)。
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次の打席に立つために
前回のblogで書いたばかりだけど、やっぱり圧倒的に勉強が足りてない気がする。。
純粋な意味での勉強やスキルアップだけだと収入を生まずにやっていけないので、働きながらその中で学んでいくというのが一番良いのだろうけれど、それだと追いつかないと感じることも多い。
働きながら学ぶって難しいよね。音楽の仕事なんて、その仕事の時にNGが出たり何かかが足りないと判断されたら、もう次の仕事は呼ばれないもんね。
だからいざ仕事が来た時には、もうベストの状態でバッターボックスに立てるように、その前に沢山素振りや練習をしておかないといけない。
音楽だけじゃなくてスポーツでもなんでも、そういう気持ちは常に必要だ。
でも素振りや練習はどんなにやっても収入を生まない。毎日素振りをして生活していくことは出来ない。
だから、もちろん必要なこととはいえ、一体いつまで、あと何回くらい自分は素振りをすればいいのだろう?みたいな思いを懐くことはたまにある。
そういう話はミュージシャン同士でもよくする。
でも自分は常にスタメンで、今のポジションや次のバッターボックスは当然自分のためにある、という自信をもった人もいるのだろうな。あまり会ったことはないけど。。
とにかく今日、今この瞬間に出来る事を精一杯やるしかない。練習であろうと、本番であろうとね。
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今年の一文字は…
今日は毎年恒例の、京都清水寺で「今年の漢字」が発表される日だそうだ。
今年1年を漢字一文字で表す…今年は一体何になるのか、予想してみたり自分にとっての印象を一文字で表してみたり、もはやこの時期の風物のひとつになっている。
一文字ってのが難しいよね。二文字でいいならいくらでもありそうだけど、一文字で全てを象徴するとなると…
やっぱ「薬」じゃないですかね今年は。えっダメ??



それにしても、先週はクスリ、いわゆる薬物について色々と考えさせられることがあった。
疑惑を掛けられたまま引退してしまった人。引退した後に使用して逮捕された選手。逮捕されて執行猶予中にまた薬物に手を出した歌手…色々なパターンがあるが、薬物に手を染めてしまう事件、有名人は後を絶たない。
人生何があるか分からないし、僕自身もこれから先どんなことがあるか分からないけれど、一つだけ「絶対に」断言できるのは、僕は薬物をやることはないということ。
理由は非常に簡単で、依存性があることを知っているからだ。
依存性のあるクスリをやることはもちろん法的に違法で、犯罪だけれど、僕の場合法的には全く問題のない「タバコ」「アルコール」「ギャンブル」さえも全くやらないし、やりたいと思うこともない。
自分が何かに依存してしまう、ということが心底嫌なのだろうか。嫌というよりも恐怖に近いかもしれない。
「恋愛」ですらそうだ。恋をすることは良いことだと思うけれど、恋愛や相手を好きになる気持ちには、常に「依存」の気持ちが生まれる可能性があると思っている。
恋愛することによって自分が誰かに依存するようになってしまうなら、恋愛だってしない方がいいと思ってしまう。
ま、こんなこと考えるのはごく少数だろうから、ある種のビョーキみたいなものだと思っているけど。笑
とにかく、自分が何かに依存してしまうことが嫌だし、そういうことはこの先もないだろうなぁ。

今週も粛々と年末の作業を進めて参ります。
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ひとつひとつ考える
習慣になりやすいことは大抵良くないことで、アタマでは良いことと分かっていてもなかなかそれが習慣にはならない、三日坊主etc...
誰にでもそんな経験が沢山あるだろう。まさに「習慣あるある」だ。
朝早起きして、ジョギングなど軽く運動をするのはどう考えてもいいことなんだけど、毎日それが習慣になるかというと、なかなかならない。
習慣になる、というのは、「よし!今朝もジョギングするぞ!」と決めてやることではない。何も考えなくても無意識に早起きして、何も考えないまま走り出していることをいう。

これとは逆に、夜仕事から帰ってきて何も考えないままテレビのスイッチを付けて、ソファで寝っ転がりながらポテチを食べつつ見る、みたいなのは良くないことだと誰でも分かっているのに、そういう行動を無意識にしてしまうことはあるだろう。特に疲れて帰ってきた時など。
なぜ「良いこと」を習慣にするのは難しく、「良くないこと」は簡単に習慣化できてしまうのか。なかなか悩ましい問題だ。
まぁこれも色々研究はされていて、その行動が簡単に出来るかどうか、そしてそれをすると快感なのか不快なのか、その辺に強い影響を受けている。
行動に移すまでが簡単なものほど習慣化しやすいし、ちょっとでも準備や手間がかかるものは習慣化しにくい。
もっと重要なのは、それをやって「快感、気持ちいい」と感じられるものは習慣化しやすいが、やっても快感を得られない、不快感を感じる行動は、どんなに自分の身体や人生にとって良いことだとアタマで理解していても、習慣化するのは難しい。

僕自身も色々なことが習慣化出来ていないし、また本当は止めたほうがいいことを無意識にやってしまっていることが沢山ある。
そういうことを一つ一つ検討して、解決していく。解決する方法は、上のような観点からいちいち行動を吟味して、コントロールしていくことだ。
朝のジョギングが習慣化出来ないなら、どうすればそれを「簡単」に、かつ「快感」を得られるようにするか。
あるいは辞めたい習慣があるなら、それをいかに手間がかかって面倒なものにするか。
生き方を変えたい。
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